2012年05月17日

西遊記4

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 本は雲外の峰で紹介し、こちらは内容のメモでネタバレを全く気にせずに書いています。

第三十二回
 春になる。険しい山にさしかかった。樵(実は日値功曹、陰で三蔵を守っているうちの一人)がいて、危険だと忠告する。
 山は六百里、平頂山という。蓮花洞(れんかどう)に2匹の魔王が住んでいる。唐僧を食ってしまおうと待ち構えているという。
 八戒を下見に出すが、さぼって嘘の報告をする。もちろん悟空にはばれている。もう一度下見に出す。
 2匹の魔王とは金角大王と銀角大王の兄弟。弟の銀角が山の見回りに出てくる。
 八戒は銀角の一行とばったり出会って、生け捕りにされてしまう。

第三十三回
 三蔵たちは、八戒が戻らないのは、何もないからではと、進み始める。
 銀角は唐僧が近くにいるはずと、もう一度見回りに出て、一行を見つける。洞窟の四五百の兵力では悟空の力には対抗できないとみて、騙すことを考える。この銀角は慎重。そこで、近くの道観の道士が怪我をしたふりをしている。
 三蔵は助けようとするが、道士を背負った悟空は妖怪だと見抜いている。悟空はわざと遅れる。
 三蔵たちが見えなくなってから、銀角は須弥山を悟空の頭に落とす。左の肩で受ける。今度は峨眉山を落とすと、右の肩で受ける。そして素早く走っている。さらに泰山を落とすと、さすがの悟空も動けなくなってしまう。

 最初に書いたように、 須弥山と極楽 に書いた世界図では、須弥山(56万キロの立方体)こそ超巨大で、それに比べて峨眉山や泰山は微小なもの。当時の中国精神世界における比重を表しているか。それが平頂山に収まるかという問題はおいといて。

 ともかく一行は捕まってしまった。
 金角は悟空の力が心配で、宝物を手下に持たせて捕まえようとする。赤銅の紅葫蘆(ひさご=瓢箪)と琥珀の浄瓶(じょうびょう)だ。
 口を下に向けて相手を呼んで、返事をすればその中に吸い込まれてしまう。口に「太上老君 急急如律令 奉勅」のお札を貼れば、中に入った者は溶けてしまう。
 悟空はここの山神と土地神に助け出される。宝物の威力を知り、悟空もにせの宝物を作り、金角の手下に天を封じ込めると言い出す。できたら宝物を交換することになる。悟空は玉帝に天を隠してもらう。まんまとふたつの宝物を手に入れた。

第三十四回
 金角の手下2匹、悟空から手に入れた葫蘆(ひさご=瓢箪)を試してみてにせ物であることに気づいた。殺されるかもしれないが、銀角に謝ることにして、洞窟へ帰っていく。悟空は蝿になって妖怪のあとをつけていく。
 金角と銀角は怒ったものの、手下を許してやり、残りの三つの宝で悟空を捕まえようとする。三つの宝とは七星剣と芭蕉扇と幌金縄(こうきんじょう)で、幌金縄は圧龍山圧龍洞にいる母親の所にある。唐僧の肉を食べに来てもらい、ついでに幌金縄も持ってきてもらうことにする。
 2匹の使いについていった悟空は、圧龍洞が近づくと、2匹を殺して、妖怪に化けて妖婆の所へ行く。
 妖婆はかごに乗って出かけるが、途中で悟空が退治してしまう。正体は九尾の狐だった。悟空は幌金縄も手に入れる。妖婆に化けて蓮花洞に乗り込む。
 妖婆が殺されたと連絡があり、悟空が化けていることがばれてしまう。戦いになる。金角は全てを返して手を引こうと提案するが、銀角は戦いを継続する。
 悟空は幌金縄を投げるが、呪文を知らないので効果なく、逆に幌金縄に捕まってしまう。見張りのいないときに逃げだし、別名で乗り込む。だが偽の名を呼ばれたとき答えると葫蘆に吸い込まれてしまう。偽の名でも答えさえすれば吸い込まれるのだ。
 本来なら溶けてしまうところだが、さすが悟空は溶けない。
 悟空の声で半分溶けたと思った銀角が、蓋のお札を剥がしたすきに、悟空はにこ毛を化けさせた偽物を残して出てしまう。酒盛りをしている金角銀角から葫蘆を取り返す。

第三十五回
 悟空はまたもや偽の名前(行者孫)で門前に来る。そして銀角と葫蘆(ひさご)を見せ合う。銀角が持っているのは悟空が作った偽物。お互い名前を呼び合う。悟空が返事をしても何ともない。銀角は「おう」と返事をすると、悟空の葫蘆に吸い込まれてしまう。間もなく溶けてしまった。
 悟空と金角の戦いになる。悟空はにこ毛ひとつかみの身外身の法で悟空の分身を作り、金角の子分どもを退散させる。
 1匹残った金角は、背中から芭蕉扇を取り出し、扇ぐと地上から炎がたち、天地を焦がす勢いとなった。
 悟空は1匹の分身を残して、にこ毛を回収し、蓮花洞へ行く。琥珀の浄瓶(じょうびょう)を見つけ外へ出ると、金角に追われ、觔斗雲で逃げることになる。三蔵たちの救出ができないままであった。
 金角は、弟銀角が死に子分どもも死に絶え、嘆き悲しんでいる。その後眠り込んでしまったスキに、悟空が芭蕉扇を奪ってしまう。
 再び悟空と金角の戦いになる。決着がつかず、夕方になると、金角は圧龍洞(母親の妖婆がいたところ)へ逃げだす。
 ようやく、三蔵たちを助け出すことができた。
 金角には叔父の狐阿七大王なる助っ人が現れ、悟空たちを襲う。戦いになるが、八戒がまぐわで狐阿七大王を倒す。狐の化けものであった。
 金角は逃げだす。悟空が琥珀の浄瓶を持って追いかけ金角大王と呼ぶと、「おお!」と答えた。当然浄瓶に吸い込まれる。
 山は清められ妖怪はいなくなった。三蔵一行はまた西へ旅を続ける。途中で「宝物を返せ」という盲人がいる。よく見ると太上李老君である。宝は老君のもの、金角銀角も老君の小者であった。悟空は監督不行届きだという。
 なんと南海観音が、三蔵たちの意志を確かめるために仕組んだことであった。

 おいおい、四年ほど旅をしてここまで来ている三蔵たちをまだ信用できないのかよ。おまえ本当に観音なのか。

第三十六回
 もう長安を出て四五年たっていた。
 実際にはインドまで3年ほどで着いている。通過した国が128国、3万キロという。

 またもや前方に山が見える。勅賜宝林寺という大きな寺があったので宿を頼むことにする。三蔵が直接住職に頼んでも断られてしまう。悟空が脅かして泊めてもらうことになる。僧の数は四五百人もいる。
 月のきれいな夜だった。三蔵たちはしんみり話をしていた。
 今回は何も起こらない。

第三十七回
 真夜中、三蔵が寝ようとしたころ、戸外に来て語る幽鬼がいる。
 ここから西へ四十里、烏鶏国の建国の王であった。5年前に旱となり、雨乞いをして3年たったが、井戸も川も干上がって、国は危急存亡の瀬戸際となった。そこへ鐘南山から全真派の道士がやってきて、風を呼び雨を降らせ石を金に変えた。王は弟として遇した。2年後、その道士に井戸に落とされ、その道士は朕に化けて3年たつ。
 つまり、その妖怪を三蔵の弟子に退治してもらいたい、というもの。
 年数が合わない。それはともかく。金庸迷なら判るが、王重陽が全真派を興したのは南宋の時代。唐の世にはなかった。(鐘南山は終南山と同じ発音)
 王の幽鬼は、明日太子が狩りに出るので、そのときこの次第を伝えてもらいたいという。証拠の品として、白玉の珪を出した。
 悟空はウサギに化けて、太子を宝林寺に導く。太子はことの次第を聞くと、兵は宝林寺に残し、単身王宮に乗り込み母の所に行く。

第三十八回
 太子は、この3年間、母に会わせて貰えなかったので、こっそり裏口から入る。
 母にことの次第を話して、宝林寺に戻った。
 悟空と八戒はふたりで王宮に乗り込む。空を飛んで来たのに、わざわざ門外に降りて、八戒は「門が閉まっている。どうして入ろうか」なんて言っている。いつものパターン。もちろん城壁を飛び越えて入る。
 井戸に八戒を入れて、王の遺体を引き揚げる。全然傷んでいない。

第三十九回
 王を生き返らせるため、太上老君の所に行く。九転還魂丹を一粒もらってきた。
 金丹(九転還魂丹)を王の口から流し込む。悟空が息を吹き込むと生き返った。
 一行は王を連れて王宮にのりこみ、にせ王を暴き、王を王座につける。妖魔は逃げだすが悟空が追いかける。妖魔は王宮に戻ってきて三蔵に化ける。これが見分けがつかない。
 三蔵が「緊箍児呪」をとなえると、悟空は金箍(金のたが)が締まって頭が痛くなる。それで見分けられた。
 再び逃げだしたのを追いかけると文殊菩薩が現れた。化けものは文殊菩薩の獅子王だった。

第四十回
 初冬のころ、烏鶏国を出て半月、高い山が現れた。山は険しく、窪みから赤い雲がだち登り火となる。そして裸の小さい子供が木に吊されて「助けてえ!」といっている。妖怪だ。
 悟空は縮地の法で三蔵たちを先に行かせたが、またもや後ろから「助けてえ!」の声。悟空は山をひとまたぎできなかったことを悔やむ。妖怪には空から見つかってしまう。
 また裸の小さい子供が木に吊されている。近くの村の子だという子供を助けると、馬はイヤだ、八戒はイヤだ、沙悟浄はイヤだ、で悟空が背負うことになる。もちろん悟空はひと目で妖怪と判っている。
 子供が急に重くなる。悟空が子供を石に叩きつけると、寸前に肉体を残して逃げてしまう。そして妖怪は大風をおこし三蔵を掠ってしまう。
 土地神が集まってきた。山の名を六百里鑽頭号山という。
 妖怪は山のなかほどの枯松カン(さんずい+閨j(こしょうかん)という谷のほとり火雲洞に住み、名を紅孩児といい、号は聖嬰大王という。
 牛魔王と羅殺女(らせつにょ)の子であった。牛魔王は第三回で悟空の兄弟分になっている。
 街道を百里ほどで妖怪の洞窟に至る。沙悟浄に馬と荷物の番をさせ、悟空と八戒で洞窟に向かう。

第四十一回
 悟空と紅孩児は戦うが悟空が優勢で余裕を持っている。それを見ていた八戒は、悟空が手柄を独り占めしてしまうと手を出したため、紅孩児は逃げてしまう。紅孩児は洞窟の前で車に乗って火を噴く。悟空と八戒は火から逃げだす。
 火の対策で、悟空は東海竜王の助力を頼む。四海の竜王が集まり悟空に助力して雨を降らせるが、紅孩児の三昧の真火は雨では弱められない。悟空は散々な目に遭う。
 悟空は竜王たちを帰らせ、南海観音に助力を頼むため、八戒を使いに出す。
 紅孩児はそれを知り、観音の姿に変わって、途中で待っている。そして八戒を洞窟に連れて行き、捕まえでしまう。
 悟空は怪しいと気づき、洞窟のの前で挑戦し、逃げるふりをして風呂敷に化ける。紅孩児の手下が拾ったため、悟空は洞窟に入ることができた。
 紅孩児は老大王を招待するため使者をだす。

第四十二回
 老大王とは牛魔王のことと知っている悟空は先回りして、牛魔王の化けて先で待っている。そして牛魔王として洞窟に入る。
 紅孩児は牛魔王に化けた悟空の話がおかしいと気づき、自分の誕生日を問う。悟空が知らないのでばれてしまう。悟空は金光と化して逃げたした。そして南海観音に助けを求める。
 観音は浄瓶を海に投げると、亀が浄瓶を背負って現れた。浄瓶はこの世の全ての水を飲み悟空にも持ち上げられない。
 この世の全ての水を飲んだのに、どうして亀は海から出てきたのだろう(^。^))。
 観音は李天王から36口(ふり)の天罡刀(てんごうとう)を借りた。
 浄瓶の水は谷川に流す。辺りの景色は普陀落山のようになった。
 観音は天罡刀を蓮台にした。悟空を囮にして、紅孩児が蓮台に座るようにする。蓮台が刀に戻る。刀が身体に突き刺さり、紅孩児を捕らえる。
 観音に帰依させ、善財童子とする。頭には悟空と同じような金環を頭に嵌めてしまう。
 悟空の場合は緊箍(きんこ)で「緊箍児呪」でしまる。善財童子の場合は金箍(きんこ)で「金箍児呪」でしまる。善財童子は刀から逃れると、反抗しようとしたが、「金箍児呪」で頭が痛くなる。
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2012年05月05日

西遊記3

第十八回
 夕方なのに、三蔵は袈裟が戻ったので出発しようとする。このあたりの三蔵はまるで子供。もちろん次の日の朝出発する。
 烏斯藏(うしぞう)国の高老荘に至る。高太公家に化けものが婿入りしていた。化けものだと判って、退治しようとするが、相手が強い。
 それを知った悟空たちは助けようとする。豚に似た化けものは大食らい以外はけっこう真面目。
 悟空と化けものとの戦いになり、化けものは逃げだすことに。

第十九回
 化けものは本拠地の雲桟洞に入り門を閉ざしてしまう。悟空は一度帰ることになる。
 高太公に「……あの化けものの言うことには、たしかに胃袋がでかくて、食うには食った。いいことだって、たくさんしてやった。ここ何年のもうけだって、みんなあいつのおかげだ、………」家を守って、娘には危害を加えず…で、人聞きが良くないが、悪い奴ではない。
 また戦うことになるが、悟空が三蔵のお供をしていることを知ると、化けものは三蔵に会いたいと言いだす。これが猪悟能だった。三蔵のお供をすることになり八戒の名をもらう。
 ひと月ほどして、烏斯藏国を出ると浮屠山があり、そこには烏巣禅師が修行していた。
 そこでは摩訶般若波羅蜜多心経を授かる。って、この経は後に玄奘が取経して訳したつまり玄奘訳の経。(^_^)。

第二十回
 旅を続けて蓮の花の咲く季節になった。民家に世話になったとき言われた。
 三十里先に、八百里黄風嶺という山があって化けものがごっそりいる。
 大風の中に虎の化けものが登場。悟空と八戒が追いかけたが取り逃がし、逆に三蔵が掠われてしまう。
 山中を探して黄風嶺黄風洞を見つける。主の黄風怪の食べ物に献上されていた。出てきた虎の化けものは簡単に退治してしまう。

第二十一回
 悟空は黄風洞に行き黄風怪と対決するが、黄色い風に負けてしまう。しかも目を痛めてしまう。
 当分三蔵の命は無事とみた悟空たちは、近くの民家に宿を頼む。そこで目薬をさして貰う。朝になると民家は消え失せてしまう。
 悟空は偵察に出かけると、風を平定できるのは霊吉菩薩だけだと判る。(霊吉菩薩という菩薩はいないはず)太白金星に教わり、霊吉菩薩を訪ね、黄風怪を退治してもらう。
 黄風怪は貂の化けものだった。

第二十二回
 夏が過ぎ秋になったころ、広い川の畔に出た。川幅は八百里(450キロ)当然ここにも妖怪が住んでいる。これもまた強敵。観音菩薩にわけを話すと、これが沙悟浄であると判明。従者にさせ、沙悟浄の持っていた9個のされこうべを舟にして、川を渡ることができた。

第二十三回
 秋が深くなったころ富農の家を見つけ一夜の宿を頼む。そこには女主人と三人の娘がいた。西牛貨洲(さいごけしゅう)の土地だという。いつの間に海を越えて別の大陸に行けたのか。
 一行を婿にしたいと言うのだが、八戒以外は相手にしない。
 翌日目が覚めると松柏の林の中。黎山老姆・南海菩薩・普賢・文殊が化けていたのだった。八戒には戒めの文が。このパターンが多い。林の中から八戒の悲鳴がする。

第二十四回
 八戒は悟空にからかわれながら反省し助けて貰い、三蔵のお供をして西天まで行くことを誓う。
 行く手に素晴らしい山が見えた。三蔵は雷音寺が近いのではないかと思う。だが、まだ十分の一しか歩いていない。
 この山は万寿山で、五荘観という道観(道教の寺院)があった。ここには不思議な植物があった。三千年に1回花が咲き、三千年に1回実がなり、三千年たって熟す。つまり、九千年に1回30個だけ実がなる。実の形は嬰児によく似ていて、人参果という。
 そのにおいを嗅いだだけで、三百六十歳まで生きられ、一個を食べると四万七千年も生きられる。
 主は鎮元大仙で48人の弟子がいた。鎮元大仙は大天尊に招待されて、弟子たちには、三蔵たちに人参果を2個与えて接待するように言いつけて、出かけていた。
 一行が中に入ると、もてなしてくれて、特に三蔵には人参果を2個出した。三蔵は形を見て拒否。傷んでしまうのでふたりの童子が食べてしまう。
 これを知った悟空は人参果を採りに行く。実をたたき落とすと、土地の中に消えてしまう。土地神を呼び出し事情を訊き、この実を3個採ってきて3人でたべる。
 鎮元大仙の弟子たちは三蔵に訴える。

 いま中国に人参果という果物がある。形は柿のようなピーマンのような。「岡崎由美先生と行く雲南旅行」のおりに食べたことがあるが、美味しいものではない。栄養価は高いらしい。

第二十五回
 遅ればせながら名前について、わたしはなじみの名を使用している。
玄奘三蔵は三蔵
孫悟空(行者)は悟空
猪悟能(八戒)は八戒
沙悟浄(和尚)は沙悟浄
 統一していない。

 鎮元大仙の弟子たちの言い草に怒った悟空は、人参果の樹を倒してしまう。
 鎮元大仙の弟子たちは三蔵たちを言いくるめ、閉じこめてしまう。
 いつものことだが、悟空を閉じこめても、出入り口の錠など建物ごと如意棒の一振りで壊せるはず。なぜかできない(^_^)。
 今回は簡単に鍵を作り錠を開けてしまう。そして一行は逃げだす。しかし、鎮元大仙が戻るといとも簡単に、「袖のなかの乾坤」で一行を袖の中に閉じこめてしまう。
 罰として悟空に鞭打ち三十回。
 三蔵にも三十回と言い出したので代わりに悟空が受ける。
 夜になると縄をすり抜け、逃げだす。そのとき柳の樹を四本代わりに置いてくる。
 次の日、大仙は三蔵を鞭打つが、それが柳の樹であることが判り、悟空の術を褒める。そして追いかけて、またもや一行を袖に閉じこめてしまう。
 今度は煮え立った油の中に入れようとする。悟空は石を身代わりにして、鍋を壊してしまう。 
 大仙は新しい鍋に悟空を後回しにして三蔵を入れようとする。またも悟空が身代わりを申し出る。

第二十六回
 悟空は「人参果の樹を生き返らせる。大仙は三蔵を放す」という約束をして、樹を生き返らせる薬を求めてあちこちに行く。蓬莱山・方丈の仙山・瀛洲(えいしゅう)の海島・東洋大海の落伽山(らくがせん)の普陀岩、そこで観音に会う。いつもの南海観音なら南海にいるはず。
 観音と共に万寿山まで戻り、観音の浄瓶(じょうびょう)の甘露水で人参果の樹は元通りになる。ここで観音は「三蔵はわたしの弟子」と言うので、南海観音ということになる。
 大仙は人参果10個で一同をもてなす。

第二十七回
 一行は万寿山を出るとすぐに高い山になる。
 山の中で三蔵はお斎(とき)を食べたいと言い出す。悟空は探しに遠くまで行く。その間に、この地の化けものが若い女に化けて「お坊さんにお斎供えたい」近づく。
 八戒も和尚(沙悟浄)も化けものだと判らない。悟空が戻ると、一目で化けものと判るので打ち殺そうとする。化けものは偽の死体を置いて逃げだす。判らない三蔵は悟空を叱る。
 化けものは八十歳ほどの老婆に化けて近づくが、悟空に見破られ、娘に化けたときと同じようになる。さらに老人に化けて近づく。同じようになる。
 三度とも見破れない三蔵は、悟空を破門にする。

第二十八回
 悟空は五百年ぶりに花果山に戻ることになる。荒れ果てた所でサルたちは小さくなって過ごしていた。四万七千ものサルが千ほどに減っていた。猟師や鷹などの敵が多かったのである。それでもサルたちは一目で自分たちの王であることが判ったのは、五百年も生きていたか(生死簿から削られたので不思議ではない)。
 悟空はサルたちに砕石を集めさせた。そして突風で砕石を吹き飛ばし千余の猟師を全滅させた。

 一方、三蔵たちはいつもの如く山にかかる。人家もないところで三蔵はお斎を要求。悟空がいないので八戒が探しに行くことになるが、どこまで行っても人家はない。途中で寝てしまう。いつまでたっても八戒は帰らないので、沙悟浄が探しに行く。その間に三蔵が少し歩いて、宝塔を見つけそこに行く。
 八戒と沙悟浄が戻ってくると三蔵がいない。探すと、金色に光っている宝塔を見つける。
 門前まで行くと碗子山波月洞とある。妖怪の巣窟に違いない。三蔵が捕らえられていることが判り、主の黄袍怪と戦いになる。

第二十九回
 この黄袍怪は強い。八戒と沙悟浄では歯が立たない。
 三蔵は捕らえられているが、そこに黄袍怪の妻が現れた。西へ三百里の宝象国の三番目の姫で、百花羞という。十三年前に掠われたのだった。百花羞は三蔵に文を託し、黄袍怪を騙して逃がす。
 宝象国ではその文を見て百花羞の消息を知り、三蔵たちに百花羞の救出を願う。八戒と沙悟浄が行くことになるが、敵うはずがなく、八戒はさっさと逃げだす。沙悟浄は捕まってしまう。

第三十回
 黄袍怪は百花羞が手紙を書いたと察し、百花羞を殺そうとする。それを察した沙悟浄が手紙なぞないと言いくるめてしまう。
 黄袍怪は納得し、宝象国に婿として挨拶に行くことになる。
 そこで三蔵を虎にしてしまう。驚いて退治使用とするが、三蔵は大勢の諸神が守っているので、傷を負うことはなくが、生け捕りにはされてしまう。
 黄袍怪は酔ったあげく正体を現してしまい、女官を一人食ってしまう。
 白馬は、龍の姿にもどり、黄袍怪と戦うことになる。しかし負傷して白馬に戻る。そこへ八戒が戻ってくる。八戒を説得し、悟空を迎えに行かせる。八戒としてはさんざん悟空の足を引っ張ったので、行きにくいが仕方ない。
 八戒が悟空の説得に失敗し、一人で花果山を降りていく。歩きながら悟空を罵っているのを小ザルが聞いて、悟空に伝える。
 悟空は怒って八戒を引っ捕らえる。

 八戒は何で歩いて山を下りたのだろうか、来たときのようにさっさと空を飛んで帰ればよさそうなもの。
 白馬も、いつもは手綱を引かれ、手綱を縛られたり、草のあるところに連れて行かれ、草を食んだりしている。龍になって戦うような能力が残っていたなら、手綱を引かれなくてもまともに歩けるし、草だって自分で探せそうなもの。
 こうしていつも能力とやっていることが一致しない。三蔵からして、強い意志どころか、子供の使い程度になってしまう。
 まあ西に行ったら、あっちこっち妖怪だらけというのも不思議なんだが、妖怪だらけなのに一般の人は交流ができるのがまた不思議(^。^)。

第三十一回
 八戒は事情を話し、悟空連れ戻しに成功する。
 悟空たちが波月洞に行くと黄袍怪は留守だった。黄袍怪の二人の息子を掠い、公主(百花羞)に沙悟浄を釈放させる。
 八戒と沙悟浄は息子を連れて、黄袍怪をおびき出しに行く。宝象国では息子を投げて肉団子にしてしまい、黄袍怪をおびき出す。
 悟空は公主に化けて黄袍怪を待ち、戦うことになる。黄袍怪が消えてしまう。悟空は天界に行って事情を話すと、調べて奎木狼であることが判った。星官が黄袍怪(奎木狼)を捕らえてしまう。
 悟空たちは公主(百花羞)を宝象国に戻し、三蔵を虎の姿から人の姿に戻した。また西への旅をはじめる。
posted by たくせん(謫仙) at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月22日

西遊記2


第九回
 唐の都長安である。
 樵と漁師が登場し互いに自慢をネタにした詞を披露し合っている。なかなかに学のある賢者だ。李白の詞なるものが伝わっているので、盛唐にもすでに詞はあったはず。ただ太宗の御代にあっただろうか。
 疑問というより、わたしが知らないので知っている方教えて下さい、という意味。詞牌は蝶恋花・鷓鴣天・天仙子・西江月・望江仙である。
 宋詞については、たくせんの中国世界李清照 −詞后の哀しみ− 参照

 漁師が占い名人の話をし、それが伝わって川の竜王が怒り、書生のふりをして翌日の雨を占わせる。帰ると玉帝からその占いの通りの降雨命令が届く。これを故意に時刻をずらしてしまう。
 占い師を責めるが、逆に玉帝の命令に背いた自分の身が危ない。当時の宰相魏徴に首を切られそう。太宗の夢に出て、命乞いをする。それを承知した太宗は翌日魏徴を召しだし、碁を打つ。

第十回
 太宗と魏徴は碁を打つ。この描写におかしな所はない。ただし間違っているわけではないが挿絵が不自然。イメージとして、太宗が碁盤の北側に、魏徴が東側にいる。西と南が空いている。
 さて魏徴は正午になると突然居眠りをはじめた。起きると外で大騒ぎ、竜の首が落ちてきた。それを見た魏徴は「たったいま夢で斬った」と話す。
 それが遠因で、間もなく太宗は病に伏し亡くなる。そのとき魏徴の手紙を持って冥界にいき、魏徴の友人の豊都の判官にあう。そこで台帳を見ると太宗の死は貞観一十三年となっていた。それを三十三に訂正して(史実は二十三)、太宗をこの世に戻すことにする。

 豊都は死の都、長江の中流域の豊都の道観が混同され、観光地となっている。

第十一回
 太宗は生き返り、冥界での約束によって、善政を施し大赦を行う。また太宗が冥界で借りたお金を現世で返そうとしたら、お金を受け取らない。そのお金で相国寺を建立した。さらに化生寺で施餓鬼法要を行うことになり(これも冥界での約束)、名僧たちを集め、そのその中から玄奘を檀主に選んだ。
(史実では玄奘はその十年前に密出国していて、長安にはいない)
 玄奘の父は海州の出の陳状元。わたしは海州の出の陳状元というと、海寧の陳家(陳家洛の生家)を思ってしまう。本物の玄奘は姓は陳だが海寧とは無関係。
 第十四回で、海州広農郡聚賢(じゅけん)荘の出身という。場所は不明、海州と広農郡では位置が異なる。

第十二回
 第八回で東に向かっていた観音は、すでに到着していた。氷蚕の絹の袈裟と杖を玄奘に贈る。
 玄奘には「それは小乗の教えのみだぞ。大乗の教えを説けないか」
 玄奘は大乗の教えを知らないことを言う。
 観音は、小乗の教えでは人を救えない、大乗経典を大雷音寺まで取りに来なさい、と教える。
 会は中止になり、大乗経典を取って来てから行うことになった。
 太宗は取経の希望者をつのると、玄奘が名乗り出て行くことになる。太宗の義弟とし、旅行手形を発給した。貞観十三年。
 本物の玄奘が取経の旅に出たのは貞観三年で、しかも許されず、密出国して出かけた。西遊記とは10年のずれがある。帰ってきたのは貞観十九年。

 なお、中国に仏教が伝来したのは1世紀頃で大乗仏教だったはず。遅くとも南北朝時代には、『華厳経』、『法華経』、『涅槃経』などの代表的な大乗仏典が次々と伝来ししている。玄奘が大乗を知らないことはありえない。さらに大乗のない時代に小乗という言葉はない。自らは上座部仏教という。それを大乗仏教が小乗と蔑称した。
 わたし(謫仙)の青年時代は「大乗は仏教と言えるのか」なんて話題で盛り上がったもの。

 「天龍八部」にも氷蚕が出てくる。同じものか。
 以下は取経の旅の話になる。

第十三回
 三蔵(玄奘はこれからは三蔵と記述されることが多い)は馬に乗り、ふたりの従者と一緒に旅に出る。途中はもてなされながらも順調。河州衛につく。ここまでが唐の領域。国境守備軍にもてなされる。
 次の日、鶏が鳴いたので出立するが、これがまだ夜中の午前二時ごろ。双叉嶺で暗くて道を間違え、一行は穴に落ちてしまう。そこで野牛の化けものと熊の化けものと虎の化けものに、従者二人が食われてしまう。三蔵は清らかなので、化けものは手を出せない。金星に助けられる。馬と荷物は無事だった。
 金星は街道まで案内すると、丹頂鶴(丹頂のことか、丹頂とは別な鶴か)に乗って去ってしまう。
 三蔵は一人で旅を続けることになる。行く手には虎や大蛇や他の猛獣などが待ち構えている。ここで地の文に曰く。
 ところで、三蔵というお人は、災難にぶつかっても、きまって救いの神があらわれるということになっているのですね。……
 これなど元は講談だったことをうかがわせる。
 この場は猟師(劉伯欣)に助けられる。猟師の家で一家の歓待を受ける。そして両界山まで送ってもらう。その山のこちら半分は唐の領土、向こう半分は韃靼の領土だという。河州衛から国境を出たはず。
 ここで声が聞こえた。「お師匠さまが来たぞ! …」

第十四回
 声は石に閉じこめられた孫悟空だった。三蔵に訳を話し山上のお札を剥がしてもらう。そして、石から出てくる。
 第六回で、太上老君によって、金剛琢(こんごうたく)を頭に嵌められていたはずだが、今はしていない。どうして外すことができたのか。太上老君が五行山に閉じこめたとき、外したか。著者が忘れてしまったか。
 孫悟空の名があることを告げると、行者(ぎょうじゃ)というあだ名をもらう。あらためて弟子として従うことになる。
 ある日の夕暮れ、民家に世話になる。姓は陳。そこで玄奘も、海州広農郡聚賢(じゅけん)荘の出身で法名は陳玄奘、となのる。
 翌日、その民家を出ると、六人の賊に囲まれる。悟空が全員を殺してしまう。三蔵が説教するので頭に来た悟空はいなくなってしまう。
 三蔵は一人で西を目指すと老婆に出会う。老婆は南海観音で、着物と金を嵌めた頭巾を貰う。
 悟空は竜王のところで茶を飲んで戻ることにする。三蔵とのころに戻ると、先の着物を着て、頭巾を被る。
 三蔵が「緊箍児呪」をとなえると、悟空は頭が痛くなり、頭巾を切り裂いてしまうが金環が残って外れない。
 この回は、悟空が三蔵のお供をし、しかも金箍(金のたが)を頭に付けられる回だった。

第十五回
 三蔵たちは秋に出発したが冬になっていた。谷川から龍が出てきて、三蔵の白馬を飲み込んでしまう。三蔵はめそめそして、出発したころとは別人になってしまう。
 悟空は観音に遣わされた諸神に三蔵を守ってもらい、龍を探すことになる。観音の助けで、龍は西海竜王のせがれ(第四回)とわかり、三蔵の乗馬となる。
 悟空は観音から三本の「救命にこ毛」をもらう。希望のものに変身する便利なもの。
 三蔵は裸馬に乗って行くことになる。
 すでにハミ国まで来ていた。
 夜は祠で休むことになるが、そこの老人に立派な馬具をもらう。つぎの日、出発すると祠はなく、更地になっていた。老人は観音の使いだった。
 季節は巡り早春となる。

第十六回
 ある日、観音院という大寺に世話になる。なんと院主は二百七十歳。これを三蔵が納得してしまうのが不思議。その院主は袈裟の収集が自慢、七八百も持っているという。それを披露する。悟空がつい競争心を出して、三蔵の袈裟を見せたため、院主は袈裟を手に入れようとして、夜に三蔵たちの泊まっている禅堂に火をつけ、焼き殺ろそうとする。気がついた悟空は禅堂以外の全院を燃やしてしまう。ただ、そのどさくさに袈裟は盗まれてしまった。
 230名の和尚や寺男などが宿無しになってしまった。悟空はその者たちに三蔵の世話を申しつけて、袈裟を取り戻しに行く。

第十七回
 袈裟をとったのは二十里ほど離れた黒風山に住む妖怪で、院主はその使い走りの妖怪だった。
 黒風山に住む妖怪と戦ったが埒があかないので、南海観音に頼む。袈裟は取り戻し、妖怪は観音の下で働くことになる。
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2012年04月12日

西遊記1

西遊記1
中野美代子 訳   岩波書店   2005
 本の紹介を 雲外の峰−西遊記 に書いた。
 こちらは細かい内容の紹介である。ネタバレなど気にしないで書く。時間がたって忘れたころに思い出すためのメモである。
 この本は全十册百回の物語。李卓吾本の全訳である。李卓吾本とは本の名前で著者ではない。清代には、作者は長春真人丘処機説もあった(^_^)。
     saiyuuki1.jpg

 第一回
 第一回はかなり「書庫」と重複する。
 中国の物語なのに、この世界は仏教の倶舎論の世界を展開していて、インドの地理概念と中国の地理概念が入り交じっている。
 さても本書は、このうちの東勝神洲のお話です。
 これは単なる間違いではなく、意図的にこうしたらしい。
 須弥山と極楽 にもあるように、この世界は、中央に須弥山(しゅみせん)、東に勝身洲(しょうしんしゅう)、南に贍部(せんぶ)洲、西に牛貨(ごけ)洲、北に倶廬(くる)洲が有る。
 勝神洲ではなく勝身洲である。
 そして南の贍部洲(閻浮提(えんぶだい)ともいう)が、我々の住む世界である。

 東勝神洲で石から猿(正しくは猴(コウ))が生まれた。長い時間がたって、石ザルはサルと共に生活し、花果山の滝の裏の水簾洞府を見つけ、サルの群れの王者となって美猴王となのる。
 ここで疑問が生じる(^_^)。石ザルはサルの群れで暮らしていた。「花果山福地 水簾洞洞天」と書かれた石碑を見つけて、それをすらすらと読む。それで水簾洞府というのだが、いつ字を憶えたのだろう(^_^)。
 それから数百年のち、不死を願って南贍部洲の古洞仙山を目指すことになる。筏に乗ると東南の風が吹き、西北の岸、南贍部洲につく。
 ここで上に書いた地理の話。南贍部洲は南西なので北西に行ってはたどり着けない(^_^)。
 ちなみに距離的には二百万キロ以上。物語では距離には言及していないので問題ではないが、どの程度の距離と考えたか。
 南贍部洲で七八年たったが古洞仙山が見つからず、また筏を作り西海をただよって、西牛貨洲に着くことができた。そこで霊台方寸山斜月三星洞を見つけ、仙人に弟子入りする。孫悟空の名をつけてもらうことになる。仙人は須菩提(仏陀の十大弟子の一人)。
 文の所々に詩や詞が入る。これは意訳で、原詩詞とは異なる。これも小説の一部だが、斜め読みでも差し支えないだろう。

第二回
 ここでは師匠からさまざまな術を教わる。他の弟子より見込まれたのか、悟空だけが教わる技が多い。觔斗雲の術もある。觔斗とはとんぼがえり。一度で十万八千里(明代1里=560m)を飛ぶ。地球一周より長い。このあたりの悟空はかなり頭脳怜悧で、並みの人間より頭がいい。
 兄弟子を師兄(スヒン)と言っている。
 術を師兄たちに見せたため、破門のような形で故郷に帰ることになる。故郷を出てから二十年たっていた。
 故郷のかつての部下たちは、水簾洞府を守るため妖魔の混世魔王と戦っていた。混世魔王を退治し、水簾洞府に平和が戻る。

第三回
 水簾洞府を守るサルたちに竹槍などではなく本物の武器を持たせようと、近くの傲来国から武器を奪う。自分用には東海竜王から如意棒(如意金箍棒にょいきんこぼう)を貰う。重さは一万三千五百斤(七千トンくらいか)。その昔、夏王朝の始祖の禹が治水の重りに使ったという。この如意棒は自由に伸び縮みできて、耳の中に収めている。もちろん仙力で持っているのであって、筋肉で持っているのではない。筋肉では、足場がこの重さに絶えきれず崩壊してしまうだろう。
 ここで六兄弟に出会う。牛魔王(ぎゅうまおう)・蛟魔王(こうまおう)・鵬魔王(ほうまおう)・獅駝王(しだおう)・獼猴王(びこうおう)・ぐ絨王(ぐじゅうおう)。おそらくのちに再登場するはず。
 そして冥界(閻魔大王の所)の森羅殿に乗り込み、生死簿から自分たちの名を抹消してしまう。
 悟空は齢三百四十二歳で終わることになっていた。この年がその年齢であった。
 東海竜王たちは玉帝に訴える。天界では、悟空を天界に呼んでおとなしくさせようとして、太白金星をつかわす。

第四回
 天界に誘われた悟空は、太白金星より先に天宮に飛んで行ってしまう。門を入ろうとしてもめるのだが、飛んで行ったのにわざわざ門前に降りて、門から入ろうとするのはどんな意味だろう。礼儀や権威のためか。玉帝の宮廷も礼儀作法は人界と同じ。
 悟空は弼馬温(ひつばおん)となって馬の世話をする。半月後、最低の位であると知って、水簾洞府に帰ってしまう。帰ってみるとすでに十数年たっていた。
 天界の一日は下界の一年。これは何の意味があるのだろう。一万年生きたとても体感的には一万日。下界のことに玉帝が首を突っ込んでも、いつも手遅れになりそう。
 悟空は斉天大聖を自称する。
 あらためて、悟空逮捕を命じられたのが、托塔李(たくとうり)天王とその第三子の哪吒(なた)三太子。
 水簾洞府の近くに陣を構える。ここで戦いになるのだが、両方の大将同士の一騎打ちで終わる。これなら軍を連れてくることはない。
 京劇のやり方に近い。京劇では背中の旗で何千人とか何万人とかの軍をあらわし、一騎打ちのようでも何万の軍の戦いを意味する。
 悟空逮捕に失敗した玉帝は、さらに強力な遠征軍を送ろうとするが、太白金星が「斉天大聖にして飼い殺しにする」ことを提案し、悟空を迎えに行く。

第五回
 悟空は斉天大聖に任命され、斉天府に住む。といっても仕事はなく、遊び暮らしている。
 問題を起こすといけないので仕事を与えることになり、蟠桃園を取り仕切ることになる。
 この蟠桃とは三種あり、例えばその一種は九千年に一度みのり、その身を食べると不老長寿になるという架空の桃だが、現実に蟠桃という桃がある。ザゼンモモ(座禅桃)といい、押しつぶしたような平らな形をしている。
 この九千年はおそらく人界の暦だろう。それでも天界の暦で九千日。
 悟空はこの 蟠桃を食べてしまったりする。西王母が瑶池で蟠桃勝会(ばんとうしょうえ)を開くため、仙女に桃の実を採りに行かせると、九千年に一度みのる桃は悟空に食べ尽くされている。
 悟空は自分が招待されていないと知ると、会場に先乗りして、食い荒らしてしまう。あとで大変なことをしたと思い、水簾洞府に逃げてしまう。ついでに酒も盗みだし、水簾洞府のサルたちに与える。
 玉帝は十万の天兵を動員し、天羅地網で花果山を取り囲む。

第六回
 今回の戦いは全面戦争で大将の一騎打ちではない。一度は追い払うが、顕聖二郎真君が派遣されて、悟空軍は負けてしまう。逃げ回っているとき、太上老君によって、金剛琢(こんごうたく)を頭に嵌められてしまう。
 天宮では、玉帝が「二郎真君を派遣して1日たつが…」と言っている。しかし下界でも1日しかたっていない。下界の一年が天界の一日という設定がすでに崩れている。おそらくこれ以降は下界と天界も同じになるのではないか。
 二郎真君は楊戩(ようぜん)の名を持つ。封神演義や長安異神伝(井上祐美子)でも活躍するが、北宋に実在した人物の名という。

第七回
 悟空は死刑になるはずだが、どうされても死なない。太上老君によって八卦炉に入れられても煙で目が「火眼金晴」になった程度。八卦炉が開いたとき、逃げてしまう。
 玉帝は如来に悟空退治を依頼する。如来は自称「釈迦牟尼尊者つまり南無阿弥陀仏」(自称に尊者はおかしいし、釈迦牟尼と阿弥陀は違う)という。
 ここで、悟空が地の果てと思える所まで行って五本の柱に文字を書いて帰ってくると、それは如来の指だった、という話があって、五行山で押さえつけられてしまう。ここで三蔵法師を待つことになる。

第八回
 如来は霊鷲山(りょうじゅせん)雷音寺に帰り、500年たつ。東土は唐の時代となる。三蔵(法・論・経)(正しくは法・律・論)の経典をつくり、東土から取りに来させようとして、観音を派遣する。観音は取教の道を探るため、地上に近いところを通った。
 途中の弱水で醜い妖怪に会う。帰依させて沙悟浄と名乗らせる。もとは捲簾大将。
 高い山で兇悪な妖怪に会う。帰依させて猪悟能と名乗らせる。もとは天蓬元帥。
 刑を受け、空中で泣いている龍に出会う。玉帝にねがい貰い受ける。西海竜王のせがれ。のちに三蔵法師の馬となる。
 五行山で孫悟空に出会う。帰依させて、三蔵法師のお供になることを約束させる。
 三蔵法師の三人のお供と乗る馬を得る。

   …………………………
 中国に猪(ブタ)という姓はないそうだ。わたし(謫仙)の知り合いに「猪瀬◯」という人がいる。中国では「姓は猪瀬、名は◯」と自己紹介し、手紙には「猪瀬 ◯」と書いて出すのだが、中国人からは「猪 瀬◯先生」とか「猪先生」と書いてくる、と嘆いていた。
posted by たくせん(謫仙) at 07:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月15日

少年楊家将3

 四郎は遼で介護されていた。
 六郎と八王は潘仁美の陰謀の証拠をつかみ、皇帝の前でさばきを受けさせる。潘仁美は命を賭けて遼と交渉に行くが、遼からは、もう役には立たないと相手にされず、射殺されてしまう。遼は遺体を開封に届ける。そして戦争になる。
 宋は六郎を将軍として籠城戦となる。開始直後宋軍兵士が大勢中毒になる。そして楊家の女たちが戦場に赴く。続々と遼軍が城内に入り込みそうになっている。そのとき六郎は、中毒が潘影の仕業と判って、長々となじり合っている。いまそんな状況ではないだろう。潘影に解毒の薬を出させるためとはいえ、イライラしてくる。
 皇帝の寵妃がそんなことをしていては、宋が遼の風下に立たされたのは当然だな。

いよいよ最後の第四十三集
 五郎と耶律斜が一騎打ちを行い、そこで停戦になってしまう。耶律斜は将兵に引き上げを命ずる。
 六郎と佘賽花は天霊を討つ。楊業の仇を討ったといえるのかな。
 六郎は楊家の当主となり柴郡主を娶る。五郎は出家してしまう。
 四郎は遼の銀鏡公主に婿入りか。これはここでは未定。
「楊門忠烈」の額のかかった「無佞楼」が完成してこの物語は終わる。無佞楼は楊家軍のこれからの根拠地になるところ。今まで住んでいたところは何だろう。仮の家?

   …………………………
 本来の楊家将演義はこれからが長いらしい。
 太宗の死後、八王(太祖の子)は七王(太宗の子)に皇位を譲った。この七王が真宗である。
 太宗の死を知った遼は再び戦いを起こす。楊家軍では六郎が中心だが、女将軍も出る。紆余曲折をえて、この戦いは何十年も続く。
 遼を倒したとき、間もなく六郎が亡くなり、八王も続いて亡くなる。
 ここまでも史実とはかなり異なるが、この後は史実から全く離れて創作の仙術合戦となってしまう。史実との差を考える意味さえなくなる。

 念のため史実を。
 太宗の時代に潘仁美という宰相はいない。潘美という将軍がいて重用された。楊業は潘美の副将となる。
979 楊家は宋の臣となる。北漢が滅ぶ。
981 八王(趙徳芳)が亡くなる。太宗に殺されたとも言われている。
997 太宗が亡くなり真宗が即位。当たり前だがこの時には八王(趙徳芳)はいない。だから八王が七王に皇位を譲るなんてことはもちろんない。
1004 宋と遼は澶淵の盟(せんえんのめい)という講和条約を結び、宋は遼の弟分となる。楊家将演義では逆に遼を倒したことになっている。
posted by たくせん(謫仙) at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月09日

少年楊家将2

 若い娘で名医の羅氏女も登場する。俳優は劉詩詩(倚天屠龍記の黄衫の女)。
 四郎がかなり拗ねていて、楊家の生活を拒否したりする。四郎が怪我をして、羅氏女が治療。それで二人は恋仲になる。楊家との関係も修復。
 この後も四郎・六郎・七郎は勝手に動き回っては危機に陥る。計画性のないのが気になる。これで戦場を駆け巡ることができるのか。
 潘仁美は老体だが、宰相にしてかなりの武術者、ありえない。つまり、それならそれで今までのありようがおかしくないか、と言うのがわたしの疑問。

 武侠の武術とは何かと言えば、仙術の一部を人間が習得し使えるようになったもの。例えば5メートルもある塀を跳び越えるとか、20メートルの川を飛んで渡るとか。仙術の一部なので仙人のようにはいかない。現代風に言えば、エスパー合戦みたいなもの。ありえない技や毒などを次々と繰り出す。だから高齢でも女性でも若い男より強い場合がある。
 ただし、大変な修行がいる。絶技などと言われる技は、天才でないと一生かかっても習得できないほど。潘仁美ほどの技の持ち主が、こんなことをしているかな。

 第二十四集では楊家軍が前線の百水城に行くが、遼の毒により庶民に次々と死者が出ている。この時でも遼の将軍は開封でスパイ活動などしている。そんなことをしていていいのか。軍を指揮できるのか。
 第二十五集で四郎が開封に援軍を頼みに行く。開封近くで奇襲にあう。それを母親の佘賽花がたった一人で助けに来る。楊家将一番の槍使いのようだ。
 佘賽花とその師兄(四郎の師でもある)と八王が羅氏女を連れて助けに行く。毒でやられているので羅氏女が必要なのだ。
 遼の軍師的人物に天霊と言うのがいる。役者は巴音。10年間、遼で洞窟に監禁されていたが、経緯は自分で入ったようだった。宋を滅ぼそうとする最大の悪役といえる。

 宋の宰相の潘仁美は息子が死に、楊家を逆恨み。六郎を無実の罪でむち打ち刑にする。潘仁美には尼寺に預けられていた潘影という娘がいる。しかも尼寺の師を殺害して都に帰っている。それが楊家にきて、柴郡主と六郎を争う。この潘影がかわいい顔をして悪辣。後に皇妃となる。

 DVD9枚の内で八枚目、わたし的には今までが外伝で、ここから楊家将が始まる感じ。宋と遼は金沙灘で和議を結ぶことになり、太宗も行くことになるが、これが罠で、危険を感じ先発した楊家軍は金沙灘で一瞬にして壊滅する。
 報告を受けた太宗の前で、潘仁美はニタニタしながら援軍を拒否。そのあと七郎が援軍要請に来るが、潘仁美に毒を飲まされ、逃げたものの殺されてしまう。
 結局父楊業・大郎・二郎・三郎・七郎が亡くなり、四郎は行方不明。五郎と六郎だけになる。六郎が遺体を持ち帰り、葬儀を行う。楊家の葬儀に於ける「奠」の字が明朝体。ついそこに目がいってしまう。楊家将は宋朝の始まりのころだ。
 そして九枚目、太宗は潘仁美がニタニタしながら楊家軍の壊滅を論じるのを聞き、非を悟るが、潘仁美に支配されていて身動きができない。潘仁美を除くことを決意し、八王と五郎・六郎に相談しする。
 第四十一集では楊家の残った女たちが立ち上がるところまで。
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2012年03月02日

少年楊家将1

 長いので三回に分けます。

少年楊家将
全43集(9枚)/2006年

   youkashou2.jpg

 楊家将演義を改編したもの。
 少年というように、楊業のこどもたちが中心になる。
 こどもたちは大郎・二郎・三郎・四郎・五郎・六郎(俳優は胡歌)・七郎、それに八妹。八妹は八歳だが大人顔負けの思考力の持ち主。
 中心となる六郎や七郎や敵役の耶律斜(遼の将軍)は、戦場でもきれいなつやつやな肌で、まるで宝塚。男たちが厚化粧をしているようで違和感がある。
 前に北方謙三の 楊家将 を紹介しているが、「少年楊家将」はすでに北漢が滅んで、楊家は宋に仕えているところから始まる。なお、北方楊家将はかなり演義とはかけ離れている。わたしは本来の楊家将演義を読んでいないので、詳しくは判らない。そもそも楊家将演義は日本語訳が出ているのかな。

 楊業の一家が都ベンケイ(開封)に住んでいて、遼の将軍がそこでスパイ活動、疑問だらけの始まりだった。
 はじめ音声が広東語で字幕が普通話で、見にくかったが、第三枚目の始まりで音声を変えられることに気づいた。音声を普通話にしたら、かなり見やすくなった。

 こどもたちの恋の物語で、その合間に、潘仁美+耶律斜 対 楊家で話は進んでいく。問題は皇帝(二代太宗)だ。態度が曖昧。潘仁美に操られている。この時は、先代の息子八王(八賢王)がまだ生きていて、楊家の後ろ盾となっている。
 潘仁美は奸臣である。宰相でありながら、敵将と通じて楊家を滅ぼそうと企む。それどころか皇帝になるつもりでいる。
 太宗はかなり切れる人物のはず。ここでは暗君扱い。兄(初代太祖)を殺害して皇位を奪ったとされている。
 六郎と柴郡主が太祖の宝藏を見て、そのことを知ってしまったため、六郎を除く楊家全員が入獄することになる。六郎と柴郡主はそのことを八王に知らせ救出を頼む。
 そして判った理由。太祖は財宝を集め、その財宝で燕雲十六州を買おうとして、太宗と言い争いになり、事故で太宗は太祖を殺すことになったというもの。

柴郡主 太祖の娘。六郎の恋人。
関紅 若い娘だが腕のいい鍛冶屋。五郎と耶律斜に好かれる。
 前半はこの二人が出番が多い。
 ここまでで三枚14話。
 子供のときに行方不明になっていた四郎も登場するが、まだ四郎とは言っていない。
 第十五集で四郎の行方が語られる。過去の戦場で行方不明。楊業は不眠不休で7日も探したが見つからない。部下は元帥がいなくては軍が動かないと、復帰を依頼する。
 楊業はそれを思い出しては涙。妻の佘(シャまたはジャ、余ではない)賽花はそれをしかる。気丈だ。
posted by たくせん(謫仙) at 10:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年12月03日

中国文物図説 国立故宮博物院手冊

中國文物圖説 國立故宮博物院手册
国立故宮博物院   中華民国六十九年(1980年)九月 十六版

 初めて台湾を旅行したのは、1980年の12月から81年正月にかけての5日間のツアーであった。二日間はバスで台北市内観光。後は自由行動であった。故宮博物院も当然団体で案内される。二日後、自由行動のときに一人でもう一度故宮博物院へ行き、一日を過ごした。
 そのおり買い求めたのが本書である。

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 中身は繁体字の中国語(いわゆる北京語)であり、当時はまるで読めなかった。いまでも基本的には読めないのであるが…。

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 当時の全体像である。
 後ろの山に洞窟がありその中に文物が収納されている。それを三ヶ月ごとに順繰りに展示するのだが、全部見るには60年かかるとか。ただし、代表的なものは常設展示されている。
 当時もこの写真とは少し変わっていた。

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 大堂から門のほうを見る。前の芝生はこのようにすでに整備されており、左の方(門から大堂に向かって右側)は、後に庭園となっている。
 この本は展示品の案内書である。
 銅器・玉器・瓷器・彫刻・漆器・文具・琺瑯・法書・絵画・織繍・図像・図書・文献・附録、に分けて細かく解説している。
 最後の付録に、紫禁城にあるはずの宝物がなぜ台北にあるか、などを説明している。
 日中戦争の混乱から守るため、1933年に上海に運んだ(13491箱)。そして南京をえて成都などに分散し、第二次大戦後(1948〜1949)、国民党によって台湾に運び出されたのである(2972箱)。
 そんな解説で約半分の90頁ほどを費やし、後半の140頁ほどを写真集にしてある。
 青銅器は特に圧倒されてしまう。西周晩期の「毛公鼎」はかなり大きな物で直径は48センチほどだが、内側にびっしりと文字が書かれていて、その文字がこの博物館の最高の宝であるという。

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清 翠玉白菜
 わたしの一番好きなものは、この翠玉でできた「白菜」である。
 今年の春だったか、これを含めた門外不出の品が、日本で見られそうだというニュースがあった。新聞でもこの写真があったので記憶している方もいよう。ことしの3月に日本の法律が整い、日本に持ち込むことができるようになったのだ。2014年ころを予定しているという。もちろんそのときは大変な混みようで、じっくり見ることはできないだろう。わたしはすでに7回ほど見ている。

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文姫帰漢図
 図も部分図であるが、胡笳十八拍も一部分「第十八拍」
 蔡文姫に関しては たくせんの中国世界−蔡文姫 −曹操が激賞した天才−  を参照してください。
 わたしの手元の資料では胡笳十八拍の「第十八拍」は

   胡笳本是 出胡中
   絲琴翻出 音律同
   十八拍兮 曲雖終
   響有余兮 思無窮
   是知絲竹微妙兮 均造化之功
   哀樂各隨人心兮 有變則通
   胡與漢兮 異域殊風
   天與地隔兮 子西母東
   若我怨気兮 浩浩於長空
   六合雖廣兮 受之應不容


 であって、この写真とは異なる。わたしが参考にしている「詩詞世界」の 碇豊長の… では、わたしの資料とは少し違うが、ほとんど同じ。してみるとこの写真の文は「胡笳十八拍」のうちの「第十八拍」の説明と思える。

 山水画も多い。名筆もある。これらはあまり展示品としては見られなかったように思う。いつも最後の部屋になるので印象が薄いのか。

 以下の話は陳舜臣さんの説明であり、本に書いてあるというわけではない。
 一点の作品に三代も四代もかかった話には気が重くなる。その奴隷は一生かかっても、自分の作品を見ることができなかったことになる。まして、一生を穴蔵で過ごし青銅器を作り続けた人には、ただ悲惨としかいいようがない。
 これが商(殷)の時代の青銅器が最も優れている理由だが、殷周革命後、周はこれら奴隷を解放したため、生産技能がだんだん低下している。

 この本を紹介しても、もう手に入れることはできないが、同じような案内書ができているだろう。
 わたしは台湾に行くたびに、帰国の日の前日は台北に行き、故宮博物院で過ごしていた。そして次の日の便で帰ってきた。定宿は台北駅近くの「YMCA」、今でもあるのだろうか。
posted by たくせん(謫仙) at 07:51| Comment(2) | TrackBack(0) | 台湾 八十年代 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする