2016年09月04日

聖府(孔府)

岡崎由美先生と行く
水滸伝の舞台と世界遺産「曲阜・泰山」を訪ねる旅 4
聖府(孔府)

 聖府は孔家の住まいである。孔子の直系子孫とその家族が住んでいた。
 最初は1038年に建設されたが、至聖廟のように何度も拡大再建されている。
 1889年に今の規模になっている。建物数152、部屋数480という。
 第76代孔令貽はここで生活していたが、第77代の孔徳成は、1949年に中華人民共和国が成立すると、台湾に移住してしまった(2008年10月に亡くなっている)。現在は観光地として一般に公開されている。

 なお孔家の第76代は孔令○という名になる。第77代は孔徳○である。令・徳は昔から決められていて、輩行字(はいこうじ)という。
 下はウィキにあったもの。検証はしていない。

第56〜65代 :希言公彦承 宏闻贞尚衍
第66〜75代 :兴毓传继广 昭宪庆繁祥
第76〜85代 :令コ维垂佑 钦绍念显扬
第86〜95代 :建道敦安定 懋修肇彝常
第96〜105代:裕文焕景瑞 永锡世绪昌


P8207752.JPG
 闕里街を北に行くと、孔府入り口にいく。
 この両側の塀の中は、左が至聖廟、右は闕里賓舎である。

P8207753.JPG
 右に曲がって入り口。

P8207755.JPG
 大門である。

P8207754.JPG    P8207756.JPG
 門の両脇にあった。

P8207759.JPG
 廟ほどの規模はなく、私生活の場なので見るべき物は少なく、写真も少ない。調べてもはっきりせず、大門から入ったものの、どこを通ったのか判らない。
 こんなに建物があったとは。もっとも建物数152というので、当然だが、ほとんどは見ていないことになる。

P8207757.JPG
 聖府の文字は新しそう。

P8207758.JPG
 皇帝用の門である。ネットでは皇帝の使者が通ったという説がある。

P8207761.JPG
 ここの中心となる堂である。修理中であった。いわゆる裁判所のよう建物である。孔家は治外法権があって、孔家の判断には皇帝さえ異議を挟まなかったという。

P8207762.JPG
 六代含飴、乾隆帝の筆による。この乾隆帝にちなんだ飴を売っていたが、あまりおいしいというものではない。

P8207763.JPG

2017.2.3.355.jpg
 ここから水を流して、奥で受け取る。

 この右はいわゆる奥で、女性が住むところ。風水の判断から、奥では井戸を掘ることができず、ここから水を流し、中で受け止める。互いに顔を合わせないように水路は曲がっている、短い短い水道であった。

P8207765.JPG
 奥に通じる通りは、このように狭く、大きな物を持ち出せないようになっていた。

P8207766.JPG
 前堂楼
 76代孔令貽と夫人陶氏などの説明だ。ここに住んでいた。
 普通の部屋に、夫人陶氏の写真がチラッと見えた。

P8207767.JPG
 出口から北へ抜ける。
 この右の庭園は、ここに嫁いだ乾隆帝の娘のために造られた。

P8207768.JPG
 銘座杏壇賓舘
 至聖廟と聖府の見学を終えて昼食である。正面には孔子像。
 この町のほとんどの人は孔子に関連した仕事をしている。

P8207769.JPG

P8207772.JPG
 部屋の壁に書かれていた。かなり大きい。

P8207770.JPG
 曲阜は春秋時代は魯の国であった。始祖は周公旦(しゅうこうたん)。小さな国だが格式は高い。現在は魯は山東省を示す。その魯の地ビールである。
posted by たくせん(謫仙) at 06:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

至聖廟(孔子廟)

岡崎由美先生と行く
水滸伝の舞台と世界遺産「曲阜・泰山」を訪ねる旅 3
至聖廟(孔子廟)

 説明書や地図などは、孔廟とか孔子廟と書いてあるが、正しい名前は至聖廟である。
 ガイドの王さんは半分冗談で断定する。
「正式な名前は至聖廟です。あちこちに孔子廟があるが、それは全部偽物です」
 歴史は古い。孔子の死後二年(前478年)に始まる。漢の時代にかなり整え修復されている。その後も荒れたり修復したりを繰り返している。
 特に清時代に何度も修復され今の規模になった。紫禁城に次ぐほどの規模である。だから昔はと言っても、いつの頃か言わないと正確ではない。しかし、ここではそこまでは言及はしない。
 至聖廟の入り口に行く。

P8207703.JPG
 警察の車であるが、かわいい警官の絵。

P8207705.JPG
 曲阜城はこの城壁(牆)に囲まれた町のこと。

P8207723-2zu.jpg  縦1200ピクセル
 はっきりしないが簡略図、赤い塀の下に下馬の文字が見える。
城壁を入ると、図では下から順に、
金声玉振坊
紅墻、つまり赤い塀があって、欞(れい)星門これが正門。
太和元気坊
至誠廟坊
紅墻と聖時門
小さな掘があり
紅墻と弘道門
紅墻と大中門
同文門
奎文閣
大聖門 ここからは「廟中の廟」状態で、小さく塀で囲まれている。
香壇
大成殿

王「山東省はもっとも治安のよいところです。とくに曲阜は孔子の地元なので、ここでは思わず慎みます」

P8207707.JPG
 金声玉振坊
 これは、闕ではなく坊という。
普通は坊はこの中の地域を指すが、門も坊という。

P8207706.JPG
 ここで下馬して、正門にむかう。

P8207708.JPG
 欞星門は正門である。ここから紅墻に囲まれた地域に入る。
 乾隆19年に石柱鉄梁に変えた。文字も乾隆帝の手筆。以後、何かにつけて乾隆帝が出てくる。ここでいちいち言及しない。
 向こうに太和元気坊と至聖廟坊が見える。

P8207711.JPG
 至聖廟坊

P8207712.JPG
 聖時門、初めての本格的な門である。
 
P8207714.JPG
 聖時門から振り返る。
 域内の至る所に植えてある大木古木のほとんどは柏である。日本名は「このてがしわ」。檜に似る。松と並び「松柏」として常緑の象徴の木。日本では小さな園芸種をよく見かける。金平糖のような灰色の実がなる。

P8207715.JPG
 道の真ん中は孔家当主以外は歩いてはいけない。まるで皇帝なみ。
 もし皇帝が来たときは……聞きそびれた。

P8207716.JPG
 小さな橋の向こうに弘道門

P8207718.JPG
 どこまでも柏の林が続く。

P8207725.JPG
 この巨大な石碑も文化大革命で二つに折られてしまった。修復のあとが見える。
 下は贔屓(ひいき)、亀に似て重きを負うことを好む。竜の子である。この考え方は明の時代なので、この石碑は明以降となる。亀ならば古い時代と見当がつく。
 もっとも贔屓と亀はどこで見分けるのか。

P8207729.JPG
 奎文閣(けいぶんかく)
 1018年に造営され、1504年と1985年に大規模改修された。
 歴代の皇帝から下賜された経書などが収められている。
 左右には武器庫などがあったが焼失した。書庫だけが残った。

P8207732.JPG
 柏の古木、半分皮が剥がれて、竜を思わせる模様になっている。右の枯れた横木は鳳凰を思わせる。
 これも乾隆帝の伝説がある。

P8207739.JPG
 大聖門を内側から見る。この木は孔子のお手植えの樹と伝わる。もちろん代を重ねているだろう。
 ここからはもっとも初期の地域である。
 香壇や大成殿の前が弟子たちの学習の場所であった。もっとも当時はもっと粗末な建物である。

P8207743.JPG
 大成殿 中心となる建物である。紫禁城の太和殿に準ずる。

P8207747.JPG
 大成殿の中はこうして、紫禁城の太和殿を思わせる。

P8207749.JPG
 大成殿の前で、雅楽のような音楽とともに儀式が行われていたが、全く見えない。

P8207750.JPG
 碑林である。近くでみることが出来ない。傾いていて危険だ。

P8207751.JPG
 ポケモンGO ?

P8207682.JPG
 出口を闕里街から。ここから出て聖府(孔府)に向かった。
posted by たくせん(謫仙) at 07:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月30日

孔子の古里、曲阜と闕里

岡崎由美先生と行く
水滸伝の舞台と世界遺産「曲阜・泰山」を訪ねる旅 2
孔子の古里、曲阜と闕里

 曲阜(きょくふ)駅には5分ほど遅れて到着した。
2016.2.02.2.jpg

 駅を出て十メートルほど歩いたとき、ポツリと雨が降ってきた。午後8時ころである。
王「雨です、急ぎましょう」
 雨よけのため、百メートルもない所に行ったが、瞬間的に大雨となった。迎えのバス(大型車)はここには入れない、バスの所まで行けない。

P8197666.JPG
 左の建物が駅舎

 待てども雨はやまず、タクシーに分乗してホテルに行く。水たまりはモーターボートで行くように波しぶきがあがる。あるところで「令狐冲」の看板を見た。何人も見たという。あれはなんだろうと話題になったほど。瞬間的に目に入るのだ。令狐冲とは“秘曲笑傲江湖”の主人公の名前である。
   2016.2.02.3.jpg
 (9/11追記:令狐冲は焼き魚料理のチエーン店だった)
 ついたホテルは闕里賓舎(けつりひんしゃ)、L字型に孔子廟と孔子府に挟まれている。
 一時間ほど遅れたが、食堂のスタッフが待っていてくれた。
 夕食のビールは青島ビール。この後も昼食と夕食には必ずビールが付いた。毎日二回づつ宴会をすることになる。
   ♪♪兄弟が出会えば三椀の酒

 20日(土)の朝、雨はすでにやんでいた。朝食後に有志で散歩に出た。

P8207671.JPG
 窓外は孔子廟と孔子府に続く道。

P8207701.JPG
 ホテル闕里賓舎の玄関
 左に孔子廟、裏に孔子府がある。

2017.2.3.240.jpg
 孔子廟に向かう。まずは水の補給。

P8207676.JPG
 中国らしい商店街、上の「窓外の道」である。

2017.2.3.241.jpg
 孔子の時代の書物。木簡であった。繁体字なのでそれらしい雰囲気。
P8207679.JPG
 前は孔子廟の入り口方向、後ろは孔子府の入り口。ここの街路を闕里街という。

P8207683.JPG
 闕里(けつり)
 この門を闕(けつ)という。この中(里)が闕里(けつり)だ。この向こうは新興の街、と言ってもいつのことか。

P8207684.JPG
 電信柱を立ててから、商店ができたらしい。ただし、商店街はそうとう古そう。
 
P8207687.JPG
 昔の孔子廟の入り口。といってもいつの時代か。
 徳r天地の文字があるが、門の名前はなんだろう。

P8207691.JPG
 城門を抜けて右側、人の集まっている辺りが孔子廟への城門。

P8207698.JPG
 わかりにくいが概略。
 これから、世界遺産の孔廟・孔府・孔林を見学する。

P8207697.JPG
 中国語の説明 横1000ピクセル
posted by たくせん(謫仙) at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月27日

青島から曲阜へ

岡崎由美先生と行く
水滸伝の舞台と世界遺産「曲阜・泰山」を訪ねる旅 1 
青島から曲阜へ

 8月19日(金)、添乗員の増山さんと、岡崎先生と、英雄女侠10人が中国山東省青島の空港に集合した。
 出迎えてくれたのは、中国のガイド王さん。総勢13人となる。

P8197650.JPG
 青島の駅だが、こちらは在来線。右手の奥に行く。

P8197653.JPG
 高速鉄道の駅
 
P8197652.JPG
 周りで目に付くビル、ホテル。
 地下鉄の工事中であった。

P8197654.JPG
 マンション

P8197651.JPG
 ホテルだろうか。

 駅に入るには空港なみの荷物検査がある。

P8197658.JPG
 高速鉄道のホーム、電車は和諧号。

P8197659.JPG
 新幹線にそっくり、座席は横に3席2席。

suikodenchizu1.jpg     suikodenchizu2.jpg  横1000ピクセル

 青島駅から高速鉄道で曲阜に向かう。列車は時速三百キロを越えるのだが、鉄道が旧型で百八十キロしか出せない。済南市を過ぎると90度近く南に曲がり、新しい鉄道になり、時速は三百キロを越えた。

    2016.2.02.1.jpg
 それも十数分で曲阜に付く。
 約三時間半、車内では江湖の話が飛び交う。
 王さんは日本語はうまいが、言い回しが今ひとつで、以下は多少訂正している。

岡「日本では三国志が一番知られていますね」
王「諸葛孔明は中国では人気がありません。諸葛孔明がいなかったら蜀はもっと続いたと言われていますよ」
謫「でも、諸葛孔明がいなかったら、蜀の国は興らなかったでしょう」
王「まあそうですけどね」
  参考  姜維伝
 孔明の八卦陣は、小説射G英雄伝の桃花島の黄薬師(東邪)が得意で、弟子たちもそれなりに会得している。
王「日本では諸葛孔明とは本当はどんな人だと思っていますか。神様みたいな人だと思いますか」
謫「政治家としては素晴らしい。だけど将軍としては無能(凡将)」
★「赤壁の戦いでは何にもしていないし」
 その他の評価に賛成してくれたけれど、ふっと思った。私たち一行には常識だけれど、一般の日本人はどうか。
 岳飛の説明もあった。
謫「南宋は国力が底をついて戦う力もなく、秦檜の和平工作でようやく国が保っているのに、主戦論を唱える困り者」
 岳飛は英雄扱いで、秦檜は国賊扱いであることを知っていたが、あえて口にした。わたしは秦檜を比較的高く評価している。
  参考  臨安水滸伝
王「岳飛の場合は岳飛よりそのお母さんに人気があります。子供の岳飛に「尽忠報国」の入れ墨をしたことで」
 なるほど、それなら納得できる。
王「皆さんはヤンジャーシャンを知っていますか」
★「ヨウカショウ?」
王「そうです、知っています?」
 わたしは少し間を置いて楊家将と気づいた。
謫「岡崎先生は、日本で初めて、楊家将を完訳したばかりですよ」
  参考  楊家将演義
 王さんが目を丸くした。
 その後、金庸に話が及んだか、これも岡崎先生が翻訳して日本に紹介したことを話すと、金庸の話より岡崎先生にびっくり。
 王さんは旅行の計画やその他いろいろに気を配ったが、岡崎先生については調べていなかったようだ。

 わたしは話が全部聞き取れた訳ではない。あちこちで通じないことがあった。
王「…は評判が悪いです。あんな下手な俳優をどうして使ったのか…」
★「…ワンイーイェンはかわいいので許す」
 ワンイーイェンとは…、しばらくして、王語嫣と気がついた。
 ウーン言われてみれば、王語嫣役の俳優は演技がうまいとはいえなかった。でもわたしは大好きなのだ。当時は15〜16歳。次の小龍女のときは、17〜18歳で、役をこなしていたと思う。
 俳優の名前とその役の名が、日本語と中国語で飛び交うので、理解できないほうが多かったかな(^_^)。まして香港の俳優は、中国語名と英語名があり、わたしは全くの不案内なのだ。
 岡崎先生も、「それはわたしも知らないンです。迷子さんなら知っているのでは」なんて話を振ることもあった。

 途中で濰坊市や淄博市を通るころ、もう暗くなってきた。この辺りは見渡す限りの平野で高い山がない。大農業地帯だ。華北の食料庫であった(このときは見えなかったが、帰りに実感した)。日本にもだいぶ輸出している。
 なお、配られた地図は日本語であった。
王「私の会社で日本人客のために作りました」
 その一部が上の地図である。
posted by たくせん(謫仙) at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月06日

水滸伝

8.6記   8.13追記   8.18追記
‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2016.8.6記
ドラマ 水滸伝   製作:2011年
監督:鞠覚亮  脚本:温豪杰
    2016.8.6-1.jpg
 約千年前(約九百年前が正しい)、北宋末期徽宗の時代である。
 宋を裏で操る四姦臣、高俅(こうきゅう)蔡京(さいけい)童貫(どうかん)楊戩(ようせん)が悪政を重ね、それに反発した者たち108人が梁山泊に結集し……という話は、ここでは省略する。
 第三回、史進のいる農村で玉蜀黍(とうもろこし)が栽培されていた。玉蜀黍は南北アメリカ大陸で栽培されていたのを、コロンブスが見つけ欧州に持ち帰った。中国に伝わったのは十六世紀といわれている。宋の時代にはなかった。
 いつものことながら、武侠ドラマで農村に玉蜀黍があるシーンを見る度に、ああまたやっていると思ってしまう。大理の天龍八部影視城にもあった。あれも宋の時代の話である。
 「赤壁」でサッカーをやっている場面も浮き上がっていた。(これに対しては、下のコメントを見てください)

 まあ、細かい時代考証をやっていたら、ドラマが成立しなくなってしまうが、原作にない話を付け加えるときは、注意して欲しいものだ。もっとも承知の上でやっている可能性が高い。なにしろ、知らないで見ていれば、中国の農村らしい風景なのだ。
 こういう所がきちんとしていると、本体の虚構が冴えるのだが。第六回まで見た。展開は遅いが、かなり力を入れていることは判る。続きをみたいと思える出来。
 10年ぶり(?)にレンタルDVDを借りた。二話で一枚が100円。安いのか相場なのか。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2016.8.13
 第12回まで見た。
 魯智深(ろちしん)が出家して、いや出家して智深の名を得るが、破戒僧なので寺から追い出される。このメチャクチャぶりがおもしろい。少し知識がたりないが、情は深い。
 林冲(りんちゅう)が、高俅に騙され捕まり、滄州へ流罪となる。このとき、途中で魯智深と義兄弟になり、魯智深に守られて滄州まで行く。流刑先では柴進の世話になる。
 かなり迫力のある場面がつづく。また役人の腐敗ぶりも詳しく、全体的には丁寧に作られていると思う。冗長と思えるほど。
 それから徽宗と高俅らが球技を楽しんでいるシーンがある。高俅は球技で高官になったといわれている人物だ。これは違和感がなかった。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
2016.8.18追記
第32回まで見た。

 一つ一つのシーンが比較的長い。時々眠くなってしまうことがある。一部倍速でみた。

 登場人物のうち皇帝と四姦臣。
★徽宗(きそう、1082年〜1125年、在位1100−1125)。
 散財によって事実上北宋を滅ぼした皇帝。政治に関心がなく、芸術家としては有名。
★高俅(こうきゅう、?〜1126)徽宗の治世下で殿帥府太尉を勤めた。
 蹴鞠がうまくて、皇帝にとりたてられたという。
★蔡京(さいけい、1047年〜1126年)は、北宋末の宰相、書家。
 収賄などで私腹を肥やした。その額は国家財政と比較されるほど。
★童貫(どうかん、?〜1126年)は、北宋末の政治家、軍人。
 禁軍の総帥。宦官なので常に皇帝に媚びていた。
★楊戩(ようせん)大尉で四姦臣のひとりとされながら、ほとんど何もしない。

 生死年はウィキによる。
 これにより、水滸伝はだいたい九百年前の話である。

 宋江と閻婆惜のくだりに碁が登場する。小説にあったかしら。
 宋江は閻婆惜に家を持たせて閻婆惜の母と住まわせる。伎女だった閻婆惜の思いが通じたようだったが、宋江は朱仝と雷横を伴い、兄妹の契りを結ぼうと言う。
 閻婆惜はたとえ妾でもかまわないと思っていたが、兄妹の契りと聞いて、顔は笑っても目に涙を浮かべる。
 宋江は滅多に寄りつかず、たまに来ても、仕事が忙しいと、閻婆惜をおいて寝てしまう。閻婆惜がふと目を覚ますと、宋江は独りで碁を打っている。
 閻婆惜が「私がお相手しましょう」と1手打つと、宋江はいきなり盤面を払ってしまう。碁石は床に散らばる。卓袱台返しなみだ。
 モノは十分にあてがっていても、心は閻婆惜にないことを示すきつい一場面だ。
 閻婆惜の悲しみをよそに、宋江は自分が冷たい態度で接していることに気づいていない。閻婆惜が離れていくわけだ。
 後にこの話を振り返って、「妾を切ったとき……」と言っている。兄妹の契りを結びながら、実際は妾扱いしていたのか。
 このあたりは小説とは設定が違うかもしれない。宋江が世間の人気の割に冷たい人間であることが判る。

 結局48回まで見たが、そこで中断した。全部で72回だったかな。できが悪いというわけではない。よく言えば丁寧だが、悪く言えばテンポが遅い。飽きてしまったのだ。
posted by たくせん(謫仙) at 09:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月04日

水滸伝の舞台と世界遺産「曲阜・泰山」を訪ねる旅

岡崎由美先生と行く中国の旅 
水滸伝の舞台と世界遺産「曲阜・泰山」を訪ねる旅

 4年ぶりに「岡崎先生と行く中国の旅」が企画された。
 今回は山東省の旅、水滸伝の舞台などだ。今までは金庸ドラマに沿っていたので江南が多かった。なので山東省は初めての旅になる。
水滸伝は一部分に史実が含まれている。金庸小説と同じく、史実と実際の地理が基になり、全くの虚構ではない。
 あと東岳泰山は金庸小説では何度も登場する。高さは1,545m、それほど高くはないが、 道教の聖地である五つの山で最も尊いとされている。

内容
2016年8月19日(金)〜8月23日(火)4泊5日間
同行講師:岡崎由美先生
旅行代金:196,000円 ※二人部屋利用時 
募集人数:15名(最少催行人員:10名)
申込締切:2016年6月15日(水)
旅行企画:(株)キャラバンツアー 担当・増山

ツアー日程
19 成田〜青島(全日空)昼・機内食
   青島〜曲阜東(高速鉄道)
   宿泊 曲阜闕里賓舎
20 曲阜観光 世界遺産・三孔(孔廟、孔府、孔林)など。
   孔府家宴の夕食
   宿泊 曲阜闕里賓舎
21 専用車で東平へ。
   水滸影視城見学。
   その後、泰安へ。
   宿泊 泰安虹橋賓館
22 世界遺産の東岳・泰山観光。
   ロープウェイで山頂へ。紀泰山銘碑、碧霞祠、玉皇頂などを見学。
   午後、中国三大宮殿の一つ岱廟を見学。
   青島へ。(高速鉄道)
   宿泊 青島匯泉王朝大飯店
23 青島市内見学 桟橋、小魚山公園、青島ビール工場。
   帰国(全日空)

問い合わせ先はキャラバンツアーの下記アドレスまで。
http://ats-ngo.com/contact.html
「岡崎先生と行く中国の旅」増山さま宛。
posted by たくせん(謫仙) at 09:18| Comment(6) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年09月24日

第11回武侠迷大幇会

第11回武侠迷大幇会のお知らせが届きました。

今年も武侠迷大幇会の開催が決まりましたのでお知らせいたします。
日時は11/14(土)で18時開場18時半開始となっております。
会場は久々に変更し、浜松町・大門「東海飯店 大門本店」で行います。
http://r.gnavi.co.jp/a136700/

※参加ご希望の方は下記応募フォームからお申し込みください。第一次締切は10月末日です。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/ba342464261957

詳細は、下記の大幇会公式ブログをご参照ください。
お誘い合わせの上、ぜひご参加くださいませ。

大幇会公式ブログ
http://daihoukai.seesaa.net/
大幇会公式twitter
https://twitter.com/daihoukai
posted by たくせん(謫仙) at 08:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月07日

完訳 楊家将演義

     IMG_20150607_0001-1.jpg

     2015.6.7 追記
     2015.4.28 記
   ……………………………………………………………………………………
完訳 楊家将演義

2015.4.28 記

 昨年の大幇会で岡崎由美先生が、現在翻訳中です、と言っていた楊家将演義が、勉誠出版から2015年5月発売予定となった。
 早速予約した。

「完訳 楊家将演義」上巻 岡崎由美・松浦智子 訳
「完訳 楊家将演義」下巻 岡崎由美・松浦智子 訳
「楊家将演義 読本」    岡崎由美・松浦智子 編

http://bensei.jp/  勉誠出版

 中国では「三国志演義」や「水滸伝」のように有名であるにかかわらず、日本では完訳がなかった。
 ようやく全体を読めることになった。わたしが期待しているのは、岡崎さんはその時代の精神構造やインフラを、理解していると思えるからだ。そして、その荒唐無稽ぶりのおもしろさも期待しているのだ。

 予定通り5月に届くだろうか。待ち遠しい。

   …………………………………………
2015.6.7 追記
完訳 楊家将演義
    雲外の峰 書庫とダブります。
    詳しくは 楊家将演義 を見てください。
     
岡崎由美・松浦智子 訳   勉誠出版   2015.6
 昨年の 第10回武侠迷大幇会2 で岡崎由美先生が、「いま楊家将を翻訳しています」と言っていた。それがようやく完成し、6月5日に勉誠出版から出版された。
 わたしは事前に予約しておいたので、5月31日に受け取ることができた。上巻・下巻の二冊本であるが、同時に解説本もあって計三冊。
 現在上巻を読み終えたところである。
 楊家将演義(ようかしょうえんぎ)は明代に成立したいわゆる通俗小説だ。元ネタの一家の伝説はかなり前から有った。
 訳者解説によれば、楊家将演義は「北宋志伝」全五十回と、「楊家府演義」全五十八則の2作品ある。同じようでも内容に異同がある。北宋志伝は体裁は歴史書に近づき、「楊家府演義」はファンタジーに近い。今回の翻訳は「北宋志伝」である。
 前に北方謙三の 楊家将 を読んでいるが、翻訳ではなく翻案に近い。内容は北方謙三の著作と言うべきで、おもしろいが物足りなかった。これでは楊家将を読んだとは言えないからだ。

 北宋の建国のとき、北漢という国に楊業という将軍がいた。ところが皇帝や臣下は妬んで活躍させない。それどころか裏切り者扱い。それで、楊業は宋に下り北漢は滅んでしまう。
 以後、楊家軍は宋の北方の守りの要となり、遼(契丹)と対峙する。

 史実では、この時期(1004 宋の三代真宗の時代)に宋は遼とは「澶淵の盟」という講和条件を結んでいた。歳費として絹20万匹・銀10万両を、宋から遼に支払うことになった。
 このことからも、楊家将はかなり史実と違うことが判る。

 下の書庫に本の紹介をしています。
書庫−楊家将演義
書庫−楊家将演義読本

 追加
「楊家将演義」完訳刊行記念トークイベント

posted by たくせん(謫仙) at 12:13| Comment(3) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月02日

王的盛宴


         IMG_20150528_0001.jpg

 2012年の中国映画、というからまだ新しい。
 死の床にある劉邦が「鴻門の会」からの出来事を回想しながら、韓信を粛清していく。
 その粛清は劉邦というより皇后となった呂雉が中心と思える。
 蕭何と張良は韓信の無実を訴えるが、呂雉は聞き入れず、粛清してしまう。
 主題のはずの「鴻門の会」がほとんど出てこないという、なんか騙されたような話。もっとも劉邦は死の床で、わたしの一生は「鴻門の会」だといっているが、付け足しみたいだ。
 とにかくストーリーが暗い。舞台が暗い。当時は皇宮といえども明かりは蝋燭程度、その暗さでストーリーの暗さを表現していると言えなくもない。
 劉邦は六十一歳で亡くなるが、まるで九十歳。その他の人物も同じようなイメージだ。その粗末な衣服は、まるで乞食かと思えるほど。
 若い俳優が老けメイクで登場する。その他、衣装や甲冑なども、古代らしいイメージだ。
 宮廷勤め(奴婢ばかりではない)の人たちは、いつも腰を90度近く折り曲げて動き回る。この時代はそうだったのか。またマスゲームのように行動するのは、いつも疑問だが、それもそうだったかも知れない。
 他の映画が、現代のファッションショーかと思えるほど華やかな衣装と化粧で登場するするのがおかしいのだが、だからといって、ここまでリアルに暗くすると、かえって嘘っぽくなる。小説で言えば純文学といったところ。
posted by たくせん(謫仙) at 05:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月21日

第10回武侠迷大幇会2

 15日、第10回武侠迷大幇会に参加した。
 参加者は44人。
 いつもながら、江湖の集まりに堅い挨拶はない。飲んで食べて騒いで、……
 途中でチャンネルNECOさんの放送予定の説明があったり、武侠ドラマの人気投票の結果の発表があったりした。わたしは地デジしか見られないので、残念ながら見ることができない。
 この大幇会のリーダーである関西幇会幇主の八雲さんから、過去9回の大幇会や他の幇会を振り返った説明があった。
 わたしにとって最大のニュースは岡崎由美先生の「いま○○○の翻訳をしている」。理由は岡崎さんはその時代の精神構造やインフラを、理解していると思えるからだ。
 抽選では、秋梨惟喬さんの「天空の少年探偵団」を手に入れた。「もろこし桃花幻」などで武侠仲間に知られている作家だ。その場で秋梨惟喬さんにサインして頂いた。
14.11.22.jpg 14.11.22-1.jpg

 その他「梁山伯与祝英台」「王的盛宴」「神断狄仁傑」のDVDもゲット(^。^)(^。^)。
14.11.22-3.jpg
 
 二次会は残念ながらいつものごとく欠席、出ると終電車に間に合わなくなってしまうのだ。
 次回からは新宿に泊まることも視野に入れて参加するか。わたしの知っているだけでも兵庫・大阪・三重・山梨から来ている人がいる。それなのに東京在住のわたしが早く帰るのは申し訳ない気がする。
posted by たくせん(謫仙) at 19:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年10月13日

第10回武侠迷大幇会

第10回武侠迷大幇会

日時  11/15(土)18時開場 18時30分開始 21時30分終了予定
会場  新宿「九龍餃子房新宿別館」 靖国通り 新宿五丁目交差点北西 白鳳ビル地下
会費  4000円(飲み放題込)
ゲスト 岡崎由美先生

ことしも武侠迷大幇会が開かれることになった。
回を重ねて10回目になる。
わたしは、池袋の「蘭蘭」で行われた第3回大幇会から参加している。
今回の会場、新宿「九龍餃子房新宿別館」では続いて4回目になる。
わたしは幹事ではないので、告示を紹介するだけだが、
参加ご希望の方は↓下記の申し込みフォームより。
http://mcaf.ee/re4am
申し込みの〆切は11月8日午前0時の予定。

わたしは最近武侠から遠離っていて、この大会が武侠の錨の役割を果たしている。
過去一年間、前に書いたことを除けば、劉亦菲のドラマ神G侠侶を再度見たことくらいか。
今は武侠ではないが、ドラマ彩雲国物語を見ている。登場人物が皆似ていて、原作を読んでいないため、複雑な関係が頭に入っておらず、どれが誰だか判りにくい。ようやく第9回までみた。
そうとう長いらしい。
posted by たくせん(謫仙) at 16:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年12月03日

武侠梁祝

武侠梁祝(又名剣蝶) 中文版DVD
 題名では気がつかなかったが見始めてあることに気がついた。梁祝は人の名であったのだ。そして胡蝶。
 そうなれば梁山伯と祝英台の話ではないか。引かれあっていたふたりが、事情で結ばれずに死に、同じ墓に入り、一対の蝶となる。
 時代もストーリーも曖昧でいくつかの話があるが、中国では一応中心となる話がある。
 田中芳樹も「奔流」で梁山伯と祝英台を登場させている。

 さて、この映画はその武侠版で、名前も変えている。祝言之が男装して女人禁制の逍遥山で武術を学ぼうとする。途中で賊に合うが、救ってくれたのが逍遥山で大師兄と呼ばれる梁仲山。
 一緒に修行するうちに引かれあい、祝言之が女だと判ってからは恋心に変わっていく。
 そんなおり、家から帰るように連絡が来る。幼馴染である馬承恩が迎えに来た。
 家に帰れば、馬承恩に嫁ぐように言われる。祝家では富豪の馬家にいろいろと恩義があり、断ることができないのだ。もし断れば…。
 幼なじみで仲良しだったとはいえ、脅迫までされては心が離れていく。
 このあとはまるで「ロミ夫とジュリ江」。結局ふたりとも同じ穴に葬られ(この時はまだ祝言之は生きていたが、声を上げず死を選ぶ)、対の胡蝶が飛んで出る。

 2008年撮影とあって、武闘シーンは迫力があり、祝言之役の女優の表情がいい。
梁仲山:呉尊
祝言之:蔡卓妍
馬承恩:胡歌  胡歌の汚れ役は初めて見た。
posted by たくせん(謫仙) at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月22日

第9回武侠迷大幇会

11月22日追記
10月6日記
   …………………………

11月22日追記

 太幇会である。
 今回は幇会とは別な目的で早く行ったが、すでにかなりの人が来ていた。
 パソコンの問題で困っていることを訊いたりした。WinMEでプリンター用の36ピンをケーブルでUSBで繋ぐには、なんて話だ。

 さて、今回集まった人は40人ちょうど。兵庫・大阪・三重からもおなじみさんが参加した。全国的と言いたいが、関東と関西がほとんど。その他の人がいただろうか。
 ここでは3回目になるので、いつもと同じようにと言いたいが、わたしには少し違う。
 まず席を変えた。それでまわりが前回とは違うメンバーになった。
 左には前回は来なかったが、旅行では同室になったAさん。わたしは右に座った若い女性のBさんを判らなかったが、Aさんが写真を見せてくれて3年前に大塚でわたしの隣に座っていた人だと言う。何かを見て「かわいいかわいい」と言う。その口調で思い出した。前回も来ていた人だ。
 Bさんはわたしを覚えていたが、名前は覚えていなかったらしい。「武侠関係で検索すると、謫仙さんと八雲さんのブログがいつもトップになるので、誰だろうと思っていた」と言う。こういうお世辞をさりげなく言える人だった。実際そんなことはないのに。
 Cさんたちが作った武侠アニメの試作品が始まる。完成にはまだまだ時間がかかりそう。
 少し遅れて岡崎先生が到着。
 しばらくして、「大幇会2」に書いた内容のQAが始まる。

IMG_0153-2.JPG
 今回持ち込まれた景品の一部。参加者が自分には不要になった物を持ち寄った。

 今回抽選でゲットしたのは、倚天屠龍記の写真集で中国語版。
PB176699-2.JPG
 日本でも出そうと計画したが、結局出なかったという、日本では手に入らない代物。
 右下は今回の抽選券、裏には洪七公の絵と数字がある。
 これだけで満足したが、余っていた物の中からDVD「武侠梁祝」と「天下無双」をいただく。
 いつもの如く香港漫画店の翻訳おためし版第5巻をいただいた。今までのを全部併せると一冊分を越える。どこかの出版社で採用してくれるといいのだが。

IMG_016-23.JPG
 香港漫画店さんが持ち込んだマンガの一冊。
 西毒といわれる欧陽鋒の得意技のひとつが蝦蟇功。名前は神G侠侶でも、おそらく中身はかなり変わっていよう。

 それからえむやんさんの「俺の滅絶師太がこんなに可愛いわけがない」という武侠ソーシャルゲームの報告。

PB19670-21.JPG
 わたしはソーシャルゲームには興味がないのだが、思わず笑ってしまう。

……………………………………………………

10月6日記
第9回武侠迷大幇会 予定

今年も武侠迷大幇会を開くことになった。わたしは今年も参加する。
日時 2013年11月16日(土)18時開場 18時30分開始 21時30分終了予定 
会場  新宿「九龍餃子房新宿別館」 
    靖国通り 新宿五丁目交差点北西 白鳳ビル地下 
    http://r.gnavi.co.jp/g050606/
会費  4000円(飲み放題込)
ゲスト 岡崎由美先生
 参加希望者は 八華雲閣 から申し込みして下さい。

 昨年の第八回で貰った、劇画「風雲」の紹介など書こうと思っていたが、まとまらないうちに第九回になってしまった。
 この一年間にしたことといえば、第八回で手に入れたビデオを見たこと。「風雲 第三部 第83期」を読んだこと。
 八月に関西幇会に出たこと。
 九月になってビデオ「還珠格格」「笑傲江湖(2001年版)」を見直したこと、くらいかな。
 新しいものにあまり興味が湧かず、長い間武侠から遠離っていた。

 久しぶりに武侠迷に会うことになります。
posted by たくせん(謫仙) at 07:33| Comment(4) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年11月18日

第9回武侠迷大幇会2

第9回武侠迷大幇会2
 先日、第9回武侠迷大幇会に行ってきた。その朝、関西幇主のブログを見たら、次のような話が載っている。
 答えを書いてみた。

 ゲストの方から、逆QAで使われる質問が届きました。
 開催直前ですみませんが、みなさまには事前に御回答を考えておいていただきたく思います。

 岡崎先生からは以下の御質問:
1.武侠以外に好きなエンタメを教えてください。
(ジャンル不問、いくつでもかまいません)

答 碁が一番、小説はSFが中心。小松左京・星新一・平井和正・栗本薫・田中芳樹など。最近はあまり聞きませんが、落語に夢中になったことがあります。談志が一番、志ん朝がその次か。その流れかハチャハチャ小説が好き。

2.翻訳で読みたい中国エンタメがあれば教えてください。
(ジャンル、作家、作品、こんな感じの等何でもかまいません)

答 史実を背景にした冒険もの。代表が金庸でしょう。今では僕僕先生のシリーズなと。

3.武侠エンタメを友達に紹介するとしたら、どういうタイプの友達に紹介しますか。(あるいは実際に紹介されましたか)
答 もちろん本好きですが、わたしのまわりの本好きは、武侠とかSFを好きな人はほとんどいない。「荒唐無稽でバカバカしい。時間の無駄」と。その荒唐無稽が面白いんだが。
 ひとりだけ面白いと言った人がいた。「張無忌ってアホやね」。今は個人的に紹介することはない。
 ブログで武侠小説やドラマの碁の場面を紹介したりしている。(千寿会HPも)、また謫仙楼対局という武侠用語を用いた冗談棋譜を書いている。 金庸小説美人番付 なんてのも書いた。

   …………………………
 角川書店の丹羽さんからは以下の御質問。
1.武侠小説は読んだのか?きっかけは?

答 図書館で偶然「秘曲笑傲江湖」を見つけたのだったかな。

2.どの作品がいちばん好きか?
答 「射G英雄伝」絵も気に入った。特に江南有情のお蓉ちゃんの絵。次が「秘曲笑傲江湖」最近は「鹿鼎記」も。
 金庸以外では、僕僕先生のシリーズなど。

   …………………………
 柳川さん&マクザム佐藤さんからは以下の御質問。
1.原作が無いドラマは期待値が下がりますか?

答 原作云々は気にしない。それよりも整合性のあるものを。実際金庸作品以外はあまり見ていない。

2.DVD-BOXの特典で嬉しい(嬉しかった)ものは何ですか?
答 特典といえば特典映像くらいしか思い出せない。

3.『新 笑傲江湖』など、新しいキャストによる映像化作品をどう思いますか?
 また、[新版]ドラマはキャストのイケメン化・若返り化が進み、オヤジ率が低くなっているように感じますが、こうした傾向をどうお考えですか?

答 わたしは見ていないのでなんとも。合理性がなくなって耐えられなくなるかな。

 なお回答者は当日参加者の中から指名しますので、よろしく心の準備をお願い致します。
posted by たくせん(謫仙) at 09:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年01月08日

武侠旅行はどうする

武侠旅行はどうする

 いつも武侠旅行「岡崎由美先生と行く中国の旅」を企画していた、株式会社二十一世紀旅行のHPを見ようとしたら見えなくなっていた。しばらくしてからもう一度見ようとしたがない。
 関西の八雲幇主のブログを見たら、株式会社二十一世紀旅行は廃業したという。倒産か解散か転業か判らないが、廃業したのは残念だ。
 原因は当今の中国事情らしい。
 岡崎由美先生と行く中国の旅は5回、わたしは第二回から4回参加している。

桃花島へ行くはずだった旅、
天龍八部の旅、
横店と金庸ゆかりの地を訪ねる旅、
武当山武術発祥の地・「武当山」を訪ねる旅、

 それぞれに苦労があり、思い出がある。いつも独特のコースを開拓するので、先方の旅行社との折衝や現地情報の収集など苦労があったと思う。
 わたしなど、次回は添乗員のTさんの行きたい場所にしましょう、などと言うくらいに、観光地の選定を信頼していた。

 八雲幇主は武侠旅行を諦めてはいないので、またどこかで計画してくれるのではないかと思う。期待している。
posted by たくせん(謫仙) at 08:52| Comment(2) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年10月25日

第8回 武侠迷大幇会

 十月二十日に年に一度の武侠迷大幇会があった。回を重ねて八回目。
 会場は前回と同じ、新宿の「香港中華 九龍餃子房 新宿別館」。
 集まった人は43名。
 会場に入ると、初めての落ち着いた女性がいらっしゃる。なんとわたしのプログを見てコメントを書いてくれたので、わたしが誘ったところ来てくれたという。(^。^)。
 各自それぞれ席に着いたが、幹事の仕事がなかなか終わらず、流れ開会。これは前回に同じ。しかも肝腎の岡崎先生が遅刻したので、関西幇主の八雲さんが乾杯の音頭をとって開会宣言した。
 もちろん武侠の幇会なので議事次第があるわけでなく、飲んで食べて熱く武侠を語り、夜も更けていく。
 前回と同じ席に座ったので、まわりが半分は同じメンバーになった。

PA205753-2.JPG
 今回も香港漫画店から香港マンガの紹介。また店主が自分で翻訳し印刷製本した小冊子を今年も頂いた。これで4冊目になる。

 料理は前回と似たようなものなので、紹介はパス。
 今回手に入れたもの。

fuuun08.jpg
風雲 第三部 第83期
 B5より少し大きい、200頁のオールカラー劇画。上の写真のような絵で、見ていて疲れる。劇画はモノクロタッチの方が見やすい。

dokuhitou08.jpg
 まだ見ていないがショーブラものらしい。

yari08.jpg
 寒星冷月槍。馬超の武器と言うが、このドラマの設定か。三国志にこの名前が出てきた記憶がない。史実では馬超の武器は槍ではなかったようだ。

 9時頃解散した。二次会に行った人もいるがわたしは今回はパスした。行っても途中で抜け出さないと帰れなくなる。
posted by たくせん(謫仙) at 07:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月29日

上海影視楽園

武当山武術発祥の地・世界遺産「武当山」を訪ねる旅 10

5日目
 上海影視楽園に行く。小さいながら、上海にも映画の撮影所がある。渋滞に巻き込まれる前に行きたいというガイドの説明で、朝7時に出発した。慌ただしい。

P8285627.JPG
 8時半の開門前に着いた。しばらく待って入場となる。戦前の上海の一画が、再現されている。

P8285631.JPG
 最初に入ったのは西洋式庭園。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月26日

襄陽航空事情

武当山武術発祥の地・世界遺産「武当山」を訪ねる旅 9

4日目
 この日は観光はなく、襄陽に向かう。ガイドは「忘れ物はありませんね」と言うが、判っていたら言われるまでもなく取りに戻る。ここに来てトランクを開けて検査する人はいない。
 わたしはウエストバックを開けてパスポートと財布を確かめる。始めたのが遅かった。
 かなり前の雲南旅行のとき、ガイドはバスに乗る度に「忘れ物はありませんね。パスポート・財布・眼鏡・時計・入れ歯、触るだけでなく実際に目で見て確認してください」と言っていたことを思い出した。実際「入れたはずなのに」と慌てた人がいたのだ。いつもとは違うポケットに入れていた。
 言いわけがましいが「忘れ物はありませんね」だけではあまり意味がない。

 このころは上海に台風の影響があるかどうかが注目の的だった。この日のうちに上海に行けないと翌日の成田便に間に合わないのだ。とにかく襄陽まで行く。
 昼食後、空港の搭乗手続きを済まして空港内に入る。台風は上海をかすめて通り過ぎ、朝鮮半島に近づいていた。一安心。
 予定は13:40発。ところが搭乗口が開かない。かなりたってから、上海便搭乗の指示が出たが、いっこうに乗せる様子はない。
 空港の売店で時間を潰すが、たいしたものがあるわけではない。
 アナウンスがあって、機体に不備を見つけたので整備員が直しています、と言う。
 3時ころになって、直せないので武漢の空港から部品を取り寄せる、それに3時間かかると言う。それから直すわけだ。中国人客が騒ぎ出した。かなり帰った人もいる。
 旅行団では、武漢まで行き、それから特急電車に乗って上海まで行くことも検討された。まとまった切符が取れるかどうか。添乗員は会社と連絡をとって、他の方法も検討したようだが、いずれも困難がある。
 夕刻近く(4時ころかな)なって、市内のホテルで休息してあらためて空港に来ることになった。そこまでバスで40分以上かかる。けっこう遠いのだ。夕食も航空会社が用意した。まあ機内食代わりだな。
 八時半ころだったか、200元を受け取り、ようやく飛行機に乗った。上海のホテルに着いたのは夜中の11時ころ。
 上海のガイドは、3時から空港で待っていたと言う。

P8285623.JPG
 このホテルは夜中に着いて朝早く出発した。

 前に 雲外の峰−大洪水の義捐金 で航空機の問題について、わたしの中国語の先生(大人になってから日本に来た)が言った話の要旨。
 中国は格安旅行はすべきでない。サービスが済むまでお金を払ってはならない。払ってしまえば以後はまじめにサービスしない。
 欧米人の場合は抗議することが判っているため、なにも言わなくても優先的にホテルに送るが、日本人は抗議できないため、安心してサービスに手を抜きごまかす。とにかく苦情を言うこと。中国人客はもともと格安料金なのでサービスは期待していない。
 
 という話を思い出した。実際に経験してみると何か違う。
 日本の場合は遅れることはめったになく非常事態で、そんな時は抗議しても仕方ない。そして客は平等に扱う。だから普通の人は抗議の経験などない。
 遅れることが日常の中国では、抗議しないと放って置かれる。つまりとにかくダメ元で抗議する。逞しいが、そのような生活は疲れるだろうなあ。
posted by たくせん(謫仙) at 07:49| Comment(4) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月24日

武当山 金頂 続き

11月15日 記
 大幇会の次の日に、旅行メンバー有志による写真交換会があった。そこで金頂の写真を手に入れたので、金頂の続きとして載せる。

P1170126.JPG
 ロープウェイで山頂に向かう、高低差七百メートルほどだったか、記憶が不確か。

R0013618.JPG
 山頂駅から階段で上を目指す。
    続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 09:46| Comment(2) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月23日

武当山 金頂

武当山武術発祥の地・世界遺産「武当山」を訪ねる旅 8
     butouzanchizu3.jpg
 太子坡からバスに乗り、地図の左側の道を上り金頂地区に行く。中観とあるあたり。途中には人家はほとんどない。ここで昼食だった。

P8265615.JPG
 瓊台中観、ここで昼食。王へん+京は瓊(けい)の簡体字。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 10:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする