2008年04月12日

西域一九九九年 7 高昌故城

五日目
 トルファンに着いたとき、別送の荷物を駅員が放り投げたため、いくつかのトランクが壊れていた。まだ暗いうちであったが、貨車の上から荷物を放り投げているのが見えた。
 わたしのトランクも壊れており、添乗員に破損の証明書を書いてもらった。保険金を請求することになるが、どこまで補償されるか。

 まだ暗いうちにトルファンの駅から市内を目指す。高速で四十分、けっこう遠い。このように駅が遠いのは、柳園と同じで水害を恐れて高台にあるからだ。砂漠で洪水の被害、不思議な気がする。
 バスはこの地区には一台しかない高級バスという。そのため悪路が苦手である。なお、新彊地区のガイドがつく。

 午前中に高昌故城・ベゼクリク千仏洞・火焔山を見学。このとき少数民族の村を通ったのであるが、子供たちが手を振っている。
 オアシスの民は客好きである。新聞やテレビのない時代、あらゆる情報は客人によって伝わってくる。この情報に常に注意していないと、ある日、突然滅びることになる。客を大切にすることになる。

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 高昌故城はロバ車に乗って。

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 最奥まできて振り返る。中心地であろう。

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 この城壁は土塁であり、思ったより低い。崩れていて外へ出でられる。

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 城壁の外は畑になっていた。

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 中心部の向こうに火焔山。

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 西遊記で有名な火焔山が間近に見える。ここに夕日が当たり赤く染まると、炎の山になるという。

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 城の中心地、宗教儀式も行われた模様。
 玄奘も高昌城に来ている。王に依頼され、仏教を説いている。一ヶ月ほどで、インドに向かったが、十六年後帰国したときは、すでに高昌国は滅んでいた。

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 中心地の壁もかなり崩れている。

 高昌故城を見学のおり驢馬車に乗った。御者の子らしい男女の子供が一緒に乗っていた。上が七歳という。
 帰り道、旅行団の中の若い女性がノートに巧みに子供たちの似顔絵を二枚描き、上部に漢美女と漢美男、下部に署名をして与えたところ、ちょっと見て、捨ててしまう。芸術的な理解力がないのか、もしかすると、イスラム教による偶像崇拝禁止規定に触れるのかも知れない。
 付け加えると「漢美女・漢美男」という言い方はおかしい。彼らは漢ではなく回だ。
posted by たくせん(謫仙) at 08:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 西域一九九九年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
トゥルファンとシルクロード
何となく夢の世界で知っているような・・・
こうして、実景を見てみると、荒涼とした世界ですね。
その中の遺跡は歴史の驚異ですね。

何の本だったのか・・・
トゥルファンは海面より、低いとか・・・
ロバ車は、いいですね。
本当は厳しい世界なのでしょうが・・・
何か、微笑んでしまいます。
Posted by オコジョ at 2008年04月13日 19:51
トルファンは死海同様な低い土地ですね。本来なら湖の底。乾燥地帯なので水が蒸発してしまう。
それでもオアシスがありますから、人は街を作っています。
ロバは体格が小さいわりに力が強く、馬よりも扱いやすいようですよ。
このシリーズまだ続きますが、過酷な土地にけっこう大勢の人が住んでいてびっくりしました。
Posted by 謫仙 at 2008年04月14日 07:35
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