柳残陽 訳 小島早依 アートン 03.3
金庸・古龍・梁羽生に次ぐ新しい武侠小説家の登場である。
わたしが知らないだけで、紹介していた以外にも武侠小説があるのだろう。先日の関東幇会では「マーベラス・ツィンズ」なる文庫本を紹介された。古龍の翻訳ものである。題名からしてわたしの情報網の範囲外である。
この梟覇は上中下の三巻。図書館で探した。柳残陽の翻訳された本はこれしかなかった。この本以外は原文。
さて、舞台は地名から中国としていいだろう。時代は不明。北部六省をしきる裏組織「青龍社」の頭領の燕鉄衣は梟覇(きょうは)といわれ、恐れられている。
風貌はあどけない青年のようだが、三十あまり。
物語は裏社会の勢力争いである。そこでのし上がった燕鉄衣は、組織内では慕われていても、江湖では冷酷非情で恐れられているように、決して善人ではない。
それでわたしはいまひとつ思い入れることができないのだ。
だが、古龍のような無意味なシーンはない。何か事件が起これば、何か変わったことがあれば、それは必ず物語の展開の伏線になる。
壱 その本拠地「楚角嶺」の近くに、燕鉄衣の親友の瀕死体が置き去りにされていた。間もなく死ぬその親友の仇討ち。
弐 原因が判らず組織が蚕食され、その原因を探っているうちに、十年前に姿を消した、謎の人物が浮かび上がった。
と一冊に二話の連作中編である。
読み始めたとき(P10)冷酷非情の燕鉄衣が、「槍の風、剣の雨のなか、九死に一生を得たこともある。そして、その手で無数の命を葬(ほうむ)ってきた」とあり、アレッとなってしまった。「ほうむ」とかなを振ってある。前後を再度読んで、「屠(ほふ)って」の誤訳ではないかと思った。
戦死した味方を葬ったのではなく、戦いで敵を屠ったのだ。文の流れからそう思える。もう一カ所同じような文があった。「葬って」で正しいなら文の流れに違和感がある。
梟覇 中
参 美しき標的
これは一冊一話。青龍社を潰そうとする陰謀があった。正面衝突をしては、お互いに犠牲が大きくなる。これを知った燕鉄衣は、自ら小物になって、敵の組織に潜り込み、陰謀を粉砕する。
梟覇 下
四 嘘
これは一冊一話ながら、中身は二話に近い。
腹心の部下熊道元の妹の婚礼に招かれた燕鉄衣は、その前に旧友に会う。その旧友に山上に招かれ、裏切りにあい毒を盛られて失明する。目の見えないまま、強豪の包囲網からの脱出劇。
なんとか脱出して、視力を取り戻し、下に降りると、熊道元の妹が掠われていた。掠った男は、裏社会の元実力者の息子。父親の前では孝行息子を演じ、父親も真の姿を知らない。
二つの嘘の物語。
確かに、燕鉄衣は上巻のエピソードでは冷酷な面ばかりが前面に出ているので、善人には見えませんね。私は中巻が一番好きなのですが、いずれにしても情に流される人ではなく、恩仇でのみ動き、自分の使命追及がハッキリした性格かもしれません。
「葬る」と「屠る」の違い、ご指摘されてなるほどと思いました。「葬る」だと供養とか弔う感じですね。「屠る」だと食肉の為に家畜を殺すようなイメージです。感情の有り無しが違いでしょうか。
いま二巻目の途中まで来ました。
二巻目は人間性が出ているような気がします。
>情に流されない
そうですね。一巻目は、登場人物の説明として、そういう面が強調されすぎていたようです。
「屠る」は切る
「葬る」は埋葬する
で、無数の命を、とあるので、屠る。と思いました。
「葬る」ならば、部下に対する心情を一言添え、
無数の部下を(死体を)葬る、とするのではないか。
これだけで間違いとは言い切れないのですが、言葉の感覚です。(^_^)。