2007年12月04日

書剣恩仇録のあらすじ

 書剣恩仇録のあらすじを追ってみました。

  一 秘密結社紅花会
 時は乾隆皇帝の十八年。
 物語は陝西扶風の総兵李可秀の娘李沅芷(りげんし14歳)と、その手習いの先生陸菲青とのやりとりから始まる。
 偶然陸菲青の武林の技を見てしまった李沅芷はその技を教えてとせがむ。
 それから3年、李沅芷の父親が安西の総兵なってからも師弟関係は続いて、5年で一通り教わる。
 父親は江南へ転勤となった。
 地図で見ると扶風は西安の近く、安西は敦煌の近くである。
 転勤の旅は李可秀が一足先に行き、東へ向かった残された一行は、紅花会の「千里の迎え」に行き交わし、鎮遠鏢局(荷物輸送の護衛業)の一行と同じ方向に行くことになる。
 千里の迎えは、紅花会の初代当主が亡くなり、遠く天山にいる陳家洛に、2代目の当主になってもらうための出迎えである。
 鎮遠鏢局は、回族の聖典コーランを守って北京へ向かう旅であった。
 そして、コーランを取り返そうとする美女ホチントンを頭とする回族の一団。
 そして、途中で宿屋に入れば、紅花会の文泰来が重傷を負っていた。その妻駱冰(らくひょう)が看護している。
 こうしたバラバラなことが関連がある。
 清は西域の統治を強め、重税を課そうとし、中原では反清組織紅花会の頭領が殺され、乾隆帝が陳家洛の実の兄であることを知っている文泰来は、重傷を負うことになった。
 ホチントンと李沅芷と陸菲青は協力してコーランを取り戻そうとする。
 文泰来は重傷の身を養うため土地の豪族の世話になるが、結局官軍に捕まってしまう。
 文泰来を救うために紅花会は総力を挙げることになる。

  二 乾隆帝の秘密
 この秘密とは、乾隆帝は漢民族であるということである。
 陳家洛の兄が生まれたとき、同じときに生まれた時の皇帝の娘と交換されてしまった。
 この秘密を隠そうとする皇帝と、皇帝を利用して漢族王朝を立てようとする紅花会のつばぜり合いが、西域から江南に持ち越される。
 皇帝の杭州行幸に合わせて、文泰来も杭州につれて行かれる。
 結局、ここで文泰来を助け出すことができるのだが、紅花会の余魚同はその時大やけどをおう。
 近くの海寧州が陳家洛の実家になる。ここで陳家洛と皇帝は兄弟であることを確認する。ここで二人は海嘯をみる。皇帝はこの県の優遇策をしたりして、ここが親の家であることを実感していた。
 なお、皇帝は掠われて六和塔(りくわとう)に監禁される。ここも紅花会の根拠である。

  三 砂漠の花 香妃
       sabakunohanakouhi.jpg
 六和塔で皇帝救出の軍と紅花会の争いが繰り広げられる。陳家洛は皇帝にクーデターで満州政権を倒すことを約束させ、解放する。
 クーデターの準備のため、紅花会は散ることになり、陳家洛は回部(回族の地)に行くことになる。
 途中で、コーランを取り戻したときの、官の用心棒の生き残りが、ホチントンを狙っていることを知り、知らせに行こうとするが、その途中でカスリーに会う。ホチントンの妹であった。花を食べて、全身から美しいにおいがする。まさに美の女神だ。
 部族は清との戦いに出て、女や子供の留守の部であった。そしてカスリーと一緒にホチントンのところに向かう。二人の間に恋が芽生える。
 ホチントンと李沅芷(男装の娘)とが恋仲だと誤解している陳家洛の心は、カスリーに傾いていく。

 タクラマカン砂漠の西の端で、ホチントンを長とする回族と清軍の壮絶な戦いが始まる。
 陳家洛・カスリーと落ち合った紅花会の七名とが清軍に囲まれている。援軍を頼んだのにホチントンは援軍を出さない。囮にして援軍を攻めようとする清軍の策戦を見破ったのだ。
 一万五千を指揮して、四万の清軍と戦わねばならないホチントンを、父親さえ、恋人を取られて妹を見殺しにする気だと誤解する。
 戦は勝利に終わった。だが陳家洛との恋が破れたホチントンは、病の体で家出をしてしまう。
 この清軍はカスリーを掠って皇帝に届けるのが目的であった。
 当時清は南に西に侵略を続けていて、中国の実質的な領土が最も広がったころである。
 現在の中国が巨大な国土を誇るのも、このころの遺産である。
 その西域新彊のカシュガルあたりに美女香妃伝説がある。
 カスリーは香妃がモデルであった。

  四 紫禁城の対決
 いろいろあって、陳家洛・ホチントン・カスリーは狼の群れに囲まれ、更にカスリーを掠おうとする張召重たちと戦うはめになり、伝説の迷宮に逃げ込む。
 そこから抜けだし、張召重を狼の餌食にして、狼の群れを全滅させる。
 清軍は壊滅したが、諦めたわけではなかった。
 その間に、李沅芷の恋が実り余魚同の妻となった。
 戦が終わったとみた陳家洛は、福建の少林寺に行き、乾隆帝の秘密の証拠書類を手に入れ、北京に行く。そこで、回族が戦に敗れ、カスリーは北京に掠われ、ホチントンは行方不明、姉妹の父も兄も戦死と知る。
 ここで陳家洛は大義のためカスリーを説得して、乾隆帝に嫁がせようとし、それを条件にクーデターの実行を迫る。だが乾隆帝も皇太后に逆らえない弱みがあった。
 皇帝は約束はしても実行せず、カスリーは清真寺(イスラム教)にお参りし、「皇帝を信じるな」と石に刻んで自決してしまう。この文字を目にした陳家洛たちは皇帝の軍と戦いになるが、皇帝の息子を人質として、逃げ延びる。
 このとき、回族の年貢を増やさないこと、少林寺を再建すること、紅花会を意趣晴らしに捕らえないこと、を約束させる。
 この時の皇帝側代表が、李可秀つまり李沅芷の父であった。
 陳家洛たちがカスリーの遺体を西域の玉山に埋葬しようとして、墓を開けると遺体はなく碧い血だまりがあるだけだった。
posted by たくせん(謫仙) at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 書剣恩仇録 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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