2007年10月31日

寧波 8 魯迅

 9日、フェリーが欠航と決まり、杭州に向かって出発。天候は雨。我々が寧波にいた4日間欠航が続いた。
 紹興についたときも小降りであった。もちろん紹興は寧波ではないが、1回だけなので寧波のおまけとした。

 紹興は紹興酒で有名なところであるが、もう一つ魯迅の故郷でもあった。わたしたちは魯迅の故郷を訪ねる。

 魯迅(1881−1936)、中国の小説家・翻訳家・思想家。本名は周樹人。魯迅以外にも沢山のペンネームを使っている。数える気も失せるほど。
 医学の勉強で日本に留学したが、中国人の精神の在り方に愕然とし、体を治すより精神を治そうと作家・思想家になったという。
 残念ながらわたしは魯迅を読んだことがない。魯迅の教育に尽くした藤野先生の役割が大きかった、などという話を小耳に挟んだ程度である。
 魯迅故里の絵の前は黒山の人だかり。台風が消えて、ようやく人々が顔を出したような気がした。
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 いなくなってようやく一コマ。
 魯迅祖居−魯迅記念館−三味(三昧ではない)書屋−魯迅故居 をめぐる。
 魯迅祖居はいわば本家、周一族の人の名がある。同じ世代では同じ文字が使われる習慣があり、周伯◯という人も並んでいる。周伯通はいないかと探してしまった。
 三味書屋は学校。
 魯迅故居は子供のとき過ごした所。
 それぞれに広大な家で、おなじような造り。もちろん本家が一番大きい。紹興の資産家である。

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 左の方が正面。武侠ドラマでおなじみの、椅子や机の並び方・部屋の様子。
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 床(ベッド)はこのように囲まれている。大きな床の場合は、先に床を据えて、あとから部屋を作ることもある。

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 お土産屋では、お客の名入りの詩を書いてくれる。この筆の持ち方は日本と同じ。ドラマなどでは、指を上に向けて(指は曲がるので指先は下を向く)、筆先を手首の方に向けて書いていることが多い。

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 子供のころの模型。下男の子であろうか、スイカ畑の泥棒をどうやって捕まえようか相談をしているところ。
 魯迅が成人して家に帰ると、この少年も当然大人で「旦那様……」と言って、うち解けて話をしてくれなかったという。

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 藤野先生と魯迅。

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 烏篷船
 この地方の独特の船である。運河のタクシーか。観光用であり、数百メートルで三十元。
 手足で漕ぐのは「舟」というのが普通なのだが。

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 街を歩いていると異様なにおいがする。臭豆腐のにおいであった。はっきり言って耐え難い嫌なにおいだ。
 臭豆腐は生揚げに似ている。これを揚げたものを食べたが、ほとんど匂わない。あれは生のにおいであったか。

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 魯迅が子供のころ遊んだという百草園。当時生家は没落して、手入れが行き届かず、子供の遊び場になっていた。

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 咸亨酒店は小説の舞台となったとか、実際に魯迅が通ったとか。
 岡崎さんはそのほかいろいろ魯迅について説明してくれたが、わたしの理解力ではついていけず、こんな簡単な説明で終わりにします。

 昼食は当然ながら紹興酒付き。残念ながら普通の瓶。「貂蝉拝月」とは言わないが十年物くらいを飲みたかったな。

 ここで寧波編は終わり、杭州に続きます。
posted by たくせん(謫仙) at 12:54| Comment(4) | TrackBack(0) | 江南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
魯迅と、和歌山県、宮本常一、の関係は、

それぞれ、個別に存在しますか?
Posted by 林 幸三 at 2009年06月27日 17:03
林様
わたしは魯迅については疎く、魯迅作品を読んだこともなく、ここに書いた以上のことは全く判りません。宮本常一なる名前も初耳です。
悪しからず、ご了承下さい。
Posted by 謫仙 at 2009年06月27日 21:12
「私の老師、藤野先生」は中国の中学国語教科書に取り入れられた作品で、もはや藤野先生を知らない中国人はいないかもしれませんね。

魯迅の文章はとても難解で、試験にも多く出題されていたので、学生時代に相当嫌でした。しかし、年を取れば取るほど、だんだん理解してきています。70、80年前の観点や思想は現代中国にも通用するのです。今ではすごく尊敬しています。
2年前東京に行った時に、内山書店に立ち寄って記念写真を撮りました。
Posted by zhtfan at 2009年06月28日 23:39
日本では、藤野先生は逆輸入で知られました。
魯迅が書いたので、日本でも知られるようになった人物ですね。
医者になろうとして勉強し、「体を治すより、精神を治す方が大事」と作家になったという。

きのう、プロ棋士「孔令文」さんと話す機会がありました。その時、先日亡くなった藤沢秀行さんの話があって、中国では「秀行さんの恩にたいして、日本の碁界に恩返ししよう」とという話が出ているとうかがいました。
日本では必ずしも高くない秀行さんの評価も、高くなるかも知れませんね。

内山書店、目だだない小さな書店ですが、足跡は偉大ですね。わたしも何度神田の内山書店に行きました。
Posted by 謫仙 at 2009年06月29日 21:03
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