2007年10月22日

寧波 2 寧波市と古刹

 河姆渡遺跡を出ると雨は降ったり止んだり。そして寧波に向かうと衝突事故の現場。大渋滞である。大型トラックが二車線ともふさぎ、工事中の歩道を通ってようやく通過。
 インターネットで調べたところ、寧波市は、中国対外開放(外国人の入れる)の副省級の大きな市である。
 その下に、象山県・寧海県・余姚市・慈渓市・奉化市・海曙区・江東区・江北区・鎮海区・北侖区・ギン州区。ふつうにイメージする寧波市は区部。
面積は9365平方キロ、総人口は550万人、その内、区部面積は1033平方キロ、人口は120万人。
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7日、朝食後ひとりで付近を散歩する。雨は降ったり止んだり。

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 川の向こう側は隅田川のような公園になっている。ホテルはこの川のこちら側に立つ。
 わたっている橋は霊橋。繁体字で書かれていた。
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 この公園を歩いた。

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 寧波は超高層ビルが乱立する。見える橋のもう一つ向こうの橋の左側にホテルがある。

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 橋を渡ってこちらに来た。下には銅像がある。
 船出をする若主人とその従者であろう。寧波は港町。昔から交易で栄えた所である。その意味では日本に一番近い町でもある。

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 荷役夫であろうか。子供が別れを惜しんでいるように見えるので、同行するのであろう。

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 見送る両親と嫁と幼い子供。航海は命がけである。今生の別れになるかも知れない。

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 超高層の町に古い甍の波。豪商の家か。

 このころから雨脚が速くなった。
 9時出発、天一閣を見学する。台風がのろのろと近づき、フェリーは欠航、明日もおそらく欠航であろう。その時は神G侠侶城(象山影視城)に予定を変えたいという話がでる。わたしは望むところだが、できるものなら桃花島に行きたい。
 さて、天一閣の話は後回しにして、午後から行った寺の話を先にする。
 昼食後、中国禅宗五山のひとつといわれる天童寺・阿育王寺に向かって出発。相変わらず雨は降り続いている。

 天童寺には、途中で専用のマイクロバスに乗り換えて細くて長い道を行くのだが、乗り換えず我々のバスで行くことになった。係りの人は入れる許可が出せず、少し戻って責任者の許可を取った。村が管理しているのだった。雨は大雨、時々豪雨。
 開元20年(732)創建。
 立派なお堂は今でも目を見張る。以下の写真は左手に傘を持ち、右手だけで撮っている。
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 奥の建物である。

 日本の道元はこの寺で修行し、帰ってから日本の曹洞宗の開祖となる。雪舟も来ていて天童の第一座といわれたとか。
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 そのあとトイレに行った。ひとり腰掛けている人がいるのでトイレの管理人かと思ったら大きい方の用をしている人だった。女子トイレからは悲鳴が聞こえる。

 阿育王寺は仏舎利塔が有名で、鑑真和上も来たことがある。
 太康3年(282)に創建。
「あいくおうじ」とガイドは言ったが「アショカおうじ」と読むのが日本語読みのようだ。
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 仏舎利塔とはこの塔のことか?

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 放生池と中心の建物天王殿。この建物の仏像の裏側に見事な五百羅漢像がある(正式な名はなんだろう)。両側の四天王も巨大。
 それぞれの寺の前には放生池がある。ここに魚を放生するのだが、あまりに多くなると酸欠で死んでしまう。それでは放生にならないではないか(^_^)。
 もっとも、放生のために捕まえる(それを信者は買う)ことが、放生の趣旨に反しているように思えるが。
 奥の堂内では声明の時間であった。大勢の僧と幾人かの在家信者が声を揃える。
 現在は子供のときに出家することはできない。仏教大学を卒業して、国の許可を得ねばならない。

 あたりは緑が濃い。孟宗竹が多く2回筍が採れる。冬と春だ。但し冬は顔を出さないので、判りにくいという。
 二十四孝に、真冬に筍を食べたがる母親の話があるが、この話を聞いて納得した。

 寧波に戻る。ホテルでの夕食に変更。外のレストランに行く予定だったが、台風の中ではやめようということに。
 ホテルに着くと、夕食まで時間があるので、わたしたちは岡崎さんと天一広場まで出かけた。巨大ショッピングセンターである。寧波の地図を買ったが、同じものが各部屋にあったという。みなそれを持っていた。
 帰り道は豪雨、洪水状態だった。
 翌日は未定。
 同行者のひとりに、寧波市のトップクラスの人が表敬訪問に来たという。プライベートな旅行まで見張られているような…。
posted by たくせん(謫仙) at 09:28| Comment(4) | TrackBack(0) | 江南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
まるで隅田川付近の写真と言っても良いくらいの景色ですね〜。

たくせんさんの言葉も添えて銅像がとても印象的ですね(^_^)
Posted by 千春 at 2007年10月23日 23:15
まるで墨田川公園ですよね。これを見たのはおそらくわたしひとり。
皆さんは、無目的に単純に歩くことを、あまりしませんから。
わたしはとにかく歩くことが中心になりますので。

寧波は交易で栄えたところ。お役人で、そこの豪商ででもあった範欽の天一閣を今日アップします。
Posted by 謫仙 at 2007年10月24日 07:29
大雨の中、傘を左手に持ち、必死でカメラのシャッターを切る謫仙さんのお姿が〜〜〜(^ー^* )フフ♪
豪雨が写真からも伝わります。
船出を見送る家族の像が印象的ですね。
手を振る幼子を抱き、うつむいている若妻が特に・・・

それにしても交通事故による渋滞が多いですね。
私など中国というと、いまだに自転車が沢山という印象しかありませんが、
急速な繁栄の影に、貧富の差と共に交通ルールの不徹底などもあるのでしょうか。
謫仙さんのバスが巻き込まれなくてよかった。

詳しい解説付きの旅の醍醐味を満喫なさいましたね〜!
Posted by みなのや at 2007年10月25日 15:56
交通事故は毎日でした。実はわたしも危うく犠牲者になるところでした。
杭州のところで詳しく書きます。とにかく交通事故を目にしない日は一日だけでしたね。例外は帰る日でした。ホテルから空港まで行く時、事故は目にしませんでした。それから一日ホテルにいた日も。
中国で運転するには勇気がいる。ガイドからそういわれましたが、現実です。
94年に初めて北京に行ったときも、道を横断する時に必要なもの、答えは勇気でした。

あの銅像を見たのはおそらくわたしひとり。
早朝、ひとりで散歩の時でした。
Posted by 謫仙 at 2007年10月25日 17:32
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