2007年09月25日

西域一九九九年 1 西安から敦煌へ

 今回は全体的に辛口の文になりました。これも中国の現実です。
 わたしは会社のSさんと、「シルクロードの旅8日間」を申し込んだ。旅行日程がなかなか決まらず、Sさんはオーバーブッキングを心配していたが、わたしは旅行社の不手際を中国の事情のせいにして、劣悪な旅行になることを心配した。

 さて、西域といえば第一に砂漠そしてオアシスであろうか。砂漠といっても、サハラの砂漠とは異なり、荒れ地のイメージである。それでも砂の砂漠もある。
 敦煌の鳴沙山は砂の山だ。これが風に吹かれて少しづつ移動しないのかと思うが、オアシスの位置から考えて、昔と同じ位置にある。砂なりに固まっているのであろうか。
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 鳴沙山

一日目
 八月十九日、三十人の団体となり直通便で西安まで飛ぶ。ここで中国人の添乗員が加わり、西安のガイドがつく。荷物を確認し、バスで市内に向かう。城市が近くなると、周りがどこも工事中であった。一カ月後に国民運動会(日本でいう国体)が開かれる予定で、その準備であるが、とても間に合いそうもない。
 若い女性のガイドは「みんな心配しているが中国人は暢気だから」と笑っていた。
 碑林博物館を見てホテルに向かう。碑林でSさんはふたり組のスリに狙われた。危ういところで気がついて防いだ。

 車中で若い男性の添乗員が挨拶したのであるが、
「中国のホテルはチップは払わなくても良いのですが、最近では払う人がいるので、もし気持ちがあれば…、気持ちが…、気持ち…、その、もし気持ちが…」
 と、つかえてしまった。しかし、日本語能力が不足していたわけではなかった。推測してみると、
 ―公式的には、チップはいらないのですが、西洋人も多く泊まる高級ホテルなので、実際は係りの人はチップを期待しています。日本人はいらないと説明すると、そのとおりに払わないので、評判が悪い。そうかと言って、(ガイドが聞いているので)必要ですと私が言うわけにはいきません。どうか私の苦しい胸の内を察してください。― ではないかと思う。

 ホテルは大雁塔の隣で、元は植物園であったという唐華賓館(ガーデンホテル)、わたしにはもったいないほどである。
 ガイドが手続きを済ませ、パスポートを各人に返す。
「謫仙さん」
「はい」
「いいえ、女の方です。…、謫仙さん。…、いらっしゃいませんか、…謫仙さん」
 三度目にパスポートを見てから、あわててわたしに言った。
「すみません、あなたでした。髪の毛が長かったので」

二日目
 早朝四時に起床し、五時半に空港に向かう。六時をすぎたころ、ようやく朝日が地平線に顔を出した。

 七時四十五分の飛行機で敦煌に飛ぶ。下界は山のてっぺんまで段々畑が広がる。長江の濁流と同じ問題がここにはあるようだ。
 なかばで青々とした高山を越える。鉄道は海抜三千メートルの高地を走っているはずだ。
 それを越えると突然薄い茶色の砂漠になる。
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 眼下は山脈(やまなみ)であろうか、大地の色が変わった。

 山が連なっているのであるが、それらがすべて砂の色である。しばらくして平原になったが、そうは言っても、かなりでこぼこしているようだ。
 所どころに大木が枝を広げたような川の跡らしきものがみえる。
 遠くに万年雪を抱く高山が連なっている。
    99-8-1-15.jpg
 祁連山脈である。この山脈がつきると敦煌に到る。四時間近い飛行であった。

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 敦煌飛行場、建物も砂の色だ。

       99-8-1-19.jpg
 乗ってきたジェット機、あまり大きくない。
posted by たくせん(謫仙) at 09:40| Comment(4) | TrackBack(0) | 西域一九九九年 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
シルクロードは素敵な響きですが・・・
砂漠は月の砂漠のようにロマンチックなものではないようですね。
「さまよえる湖」で有名なヘディンの探検記を読むと
灼熱と寒気の世界
そして木の無い荒野のようですね。

中国ではほとんどチップを払ったことがありません。
もっとも、中国では高級ホテルには泊まっていませんので
通訳は渡そうとしても、誰一人受け取りませんでした。
ただ、威海から青島へ300キロを送ってくれた運転手には
50元くらい食事代としてあげました。
往復7時間、感謝の気持ちです。
海外旅行のチップは面倒ですね。
チップのある国では頭を悩ませます。
Posted by オコジョ at 2007年09月25日 13:49
砂漠地帯は、夏は40度を超え、冬はマイナス15度になり、葡萄の木も枯れてしまうとか。
一日の寒暖差も激しいところです。
サハラですと砂の海ですが、ここは荒れ地ですね。舗装道路がそのまま残っています。時には砂嵐で道が判らなくなることがあっても、すぐに復旧します。そして道を外れても車の移動は差し支えないところです。

チップは悩みますね。江戸時代はチップ社会だったので、常にチップ用の4文銭を持ち歩いたようですが、相場もはっきりしていたため、悩むことはなかったようです。
現代はそれがなくなってしまった。
特に中国で困るのは頼みもしないのに勝手にやってチップを要求することでしょうか。しかも無責任。
わたしは決められたこと以外は頼まないことにしています。
Posted by 謫仙 at 2007年09月26日 08:06
鳴沙山って不思議ですね、まるで映画に使うCGのよう?
造り物みたい〜中国からの黄砂が問題になっていますが、こういう光景を見るとちっぽけな日本などはひとたまりもないですね〜(^_^;)

30年ほど前にフランスに行きましたが、やはりチップが面倒でしたがメルシーと言って手渡すと嬉しそうに受け取るメイドさんでした♪
一回に渡す金額は日本円で100円以下だった気がしますがね〜小銭をたくさん用意した覚えがあります。
Posted by 千春 at 2007年09月26日 23:39
造り物みたいですよね。下は黒っぽい硬い砂。そこに流れる砂の山がそびえる。
砂の色も違うのは、一週間ほど前に雨がふったと言うのでそのせいかも知れません。
この下に映画の撮影所があります。「敦煌」で西田敏行が活躍したあの映画もそこで撮影されました。もっとも場所代として大金をふっかけられて、困ったようです。早々に切り上げたと言います。

その点、フランスなどは相場がはっきりしていて、足元を見るようなことはしないでしょう。
なお、中国も普通の旅行ではチップはいらないようです。
Posted by 謫仙 at 2007年09月27日 08:15
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