2007年09月02日

西安満喫夏紀行 7 乾陵

 懿徳太子の墓に続いて、長大な参道で有名な乾陵へ行く。ここは盗掘されていないことが判っている唯一の陵と言われている。
 西安の北西約80キロのところ。
 唐の三代目高宗と則天武后が葬られている。684年に高宗が葬られ、706年に武則天が葬られた。
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 参道の脇にはこうして多くの石像が並んでいる。
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更に近づくと人物像の列。

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振り返れば、双乳のような山が。乳首の部分は建造物である。

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無字碑。武則天の事績の偉大さは文字では表せないとか。
まあ当時「唐を乗っ取って周を建てた」、なんて書けないだろうなあ。

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守る獅子

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 この石像群は、外国の来賓という。一族が故郷に帰るとき、首を持ち帰ったという。宗教的な理由らしい。と説明されたが。
 別な説もある。清朝の時に旱魃になり、この外国人のたたりだといわれて首を落としたとも。

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「唐高宗乾陵」の文字、ここから先は並木道が続く。この先まで行く人は少ない。わたしは少し歩いてみた。
 この陵も何度か発掘しようという話があったが、却下されている。

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 陵に向かって参道の左側。山の斜面も農地となっている。

 近くの永泰公主の墓は公開されていて、中に描かれている絵を見ることができる。この絵は高松塚の絵によく似ていて、興味が尽きない。ただし本物は陝西省歴史博物館に保存されている。
 と、書いてみたものの、懿徳太子も永泰公主もよく聞く名前ながら、どんな人だったのかさっぱり思い出せない。
    参考 長安物語
posted by たくせん(謫仙) at 11:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 西安 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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