2007年08月26日

西安満喫夏紀行 4 西安碑林博物館

 西安碑林博物館は南門の近くにある。
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 唐の時代はここに太学があった。北宋の時代に孔子廟が建てられた。1087年(元祐2年)唐代の碑を集めた。このときに下に書く石台孝経も収まっている。以後もコレクションは続き、清代の始めころから碑石如林とし碑林と呼ばれるようになった。
 1938年、碑林管理委員会ができた。
 1944年、陝西省歴史博物館と改名。
 1992年、西安碑林博物館となる。
 面積は3.1万平方メートル。建物面積1.86万平方メートル。陳列面積4534平方メートル。
 歴史陳列室・石刻芸術陳列室・碑林に別れ、わたしたちが見学したのは碑林である。石刻芸術陳列室も見ているはずだが、記憶がない。
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 南北に細長くかなり歩く。
 門から入り、前半は、孔子廟の元貌を保持している。有牌房・泮池・石門・小殿・七個八角鑽尖亭。
 後半は碑林と石刻芸術陳列室。石刻芸術陳列室は1963年建立。

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 古い建物、元孔子廟あるいはそれに近い建物であろう。

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 明代牌楼、ようやく碑林の門にたどり着く。

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 碑亭、小さくて見えないが、碑の字の上の一画が欠画している。
 ここが碑林の入り口になる。
 碑林には、この碑亭のほか六つの展示室がある。

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石台孝経、碑の部分は高さ5m、唐の玄宗皇帝の天宝四年(745年)、玄宗の自筆。
 碑亭の中にでんと立っている。

 碑林には王義之の碑もあった。王義之の書は現在では見ることができない。この碑だけがそれを偲ばせる。一字千金といわれるほどの大金をかけて文字を集めたという。そのため文字の大きさはバラバラである。わたしには喧伝される気品を感じとれなかった。石に刻まれたものと紙に書かれたものでは違うのか。わたしに鑑賞眼がないのか。
 日本の元号「平成」の元になったのはこれですと、指示してくれたが判らなかった。

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この展示されている鐘は景雲鐘、おもさ6トン。鐘楼にあったもの。

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 碑林 門前の小僧

 友誼商店で夜光杯を見ていると、ガイドの劉さんが、これらは香港製ですと言った。
 陳舜臣さんの短編集『景徳鎮からの贈り物』には、夜光杯を手作りしている様子を外国人に見せて、西安の工場で量産される夜光杯を、手作りとして高額で売る話がある。
 わたしが 
Pu tao mei jiu ye guang bei(葡萄美酒夜光杯)と言うと、そばにいた小姐が
Yu yin pi ba ma shang cui(欲飲琵琶馬上催)と和した。
 ガイドの劉さんがびっくりした顔をする。そんな顔をされると、わたしは図に乗るたちだ。続けようとしたが、しかし中断された。
 誰かが訊いたので小姐が答えた。
「そういう有名な詩があるんです。王維だったかしら」
「いや、王翰」
 なにしろ、わたしの知っている漢詩(唐詩など)といえば、この葡萄美酒夜光杯と月落烏啼霜満天と浪花有意千重雪と朝辞白帝彩雲間の四首しかないのだ。
posted by たくせん(謫仙) at 10:14| Comment(4) | TrackBack(0) | 西安 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
兵馬俑を見学されたのですね、一度この目で見たい気がします。

お子さんの、こんな写真もたくせんさんの目線が素敵♪
まさに門前の小僧ですね〜可愛らしい、店番しながら昼寝の最中?
観光客相手に漢字の国ならではの風景、様々な毛筆を売っているのですね。。
約10年前のたくせんさんは前小泉首相のような雰囲気のようにお見受けしました"^_^"
Posted by 千春 at 2007年08月26日 15:46
兵馬俑は2回見ました。あの迫力はすごいものです。
二度目の時のガイドは、始皇帝陵には世界一宝が集まっていると自慢していました。
わたしはその宝はどうして集められたか、というとことに思いを馳せてしまいます。
人々の苦しみが、反発を招いてあっという間に国が亡んでしまいました。わたしがガイドならとても自慢する気にはなれません。

碑林だから門前の小僧は筆を売っているんですね(^_^)。
それにしても筆の種類には驚きます。

あのころのわたしは髪を長くしていました。耳が隠れています。
二度目の西安では、パスポートを返してもらうとき、名前を呼ばれて返事をしたら、ガイドは「女の方です」

当時は、166センチ52キロ、千春さんより一回り小さいかな。
Posted by 謫仙 at 2007年08月27日 08:53
碑林は二度行きました。最初は何も予備知識がなく、漫然といったのであまり感動も成果もありませんした。2度目は、シルクロード交流に関連のあるもの、日本の元号の由来、書体の変遷というテーマを持って見学しました。
蘇諒妻馬氏墓誌と言う古代ペルシャ文字で書かれたぼしを探しましたが見つからず残念でした。
Posted by moriizumi arao at 2009年03月09日 09:34
碑林は図書館と同じで、ただ見学して楽しいと言うところではありませんからねえ。
意味の判らない人には猫に小判。
蘇諒妻馬氏墓誌と、さてわたしは聞いたことはありませんが、有名な方なんでしょうか。
古代ペルシャ文字の碑文は見ませんでしたが、あってもおかしくない。長安は国際都市ですし、ペルシャ文字は漢字と同じく、書道家が存在する文字。
こういうのは、それを知っている人と同行しないと難しいことでしょう。
それでも碑林は見る価値があったのではありませんか。

拙文を読んで頂いてありがとうございます。
Posted by 謫仙 at 2009年03月09日 21:16
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