2018年01月06日

錦綉未央

錦綉未央
日本名 (王女未央BIOU)
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 このドラマは武侠ではなく、時代劇である。全54回。
 中国の南北朝時代の北朝の物語である。北涼(439年に亡国)の王女であった馮心児(ふう・しんじ)が、行き倒れていたところ、李未央(り・びおう)に助けられる。
 李未央は同家の李敏峰の放った暗殺者に殺されてしまう。
 馮心児は李未央の仇討ちのため、さらに叱雲南(しつうん・なん)に一族を殺された復讐を果たすため、旧敵国の宮廷へ、有力者の李家へ李未央になりすまして入る。
 李敏峰を除くことに成功。李家の力が弱まったあたりで、叱雲家(李家当主の妻の実家)の南が登場、これこそ目指す北涼の仇だった。だが南の後ろには真の仇がいた。
 第30回あたりで、李未央の正体をかなりの人が知るようになる。
 皇帝家拓跋(たくばつ)氏の次代を巡る争い。さらに未央(馮心児)も含む李家の娘たちを巻き込んだ愛憎劇。それらの問題を克服して、馮心児は皇后の座を勝ち取っていく宮廷歴史ドラマ。
 北魏は拓跋(たくばつ)氏の国である。名から判るように塞外民族である。
 実はわたしは第8回から見始めた。

 未央の読みだが、中国語ではwèi yāng (wei4 yang1)しか出てこない。どうして「BIOUびおう」となったのだろう。
 「びおうさま」もほとんどは「小姐xiao3 jie3」であり、未央殿は「未央姑娘wei4 yang1 gu1 niáng2」であり、biouは出てこない。未を「び」と読む例を探したら未央柳(ビヨウやなぎ)の例があった。美容柳のこと。未央柳は「柳」までそろってはじめてビヨウと読めるのではないか。未央だけでBIOUとするのは強引ではなかろうか。
(このことについて下のコメントを見てください。未をビと読む例が古くからありました。ただし、なぜそう読むのかは判りません。漢和大字典では例外的に「未央」の場合だけ「ビ」と読む例が例が載っています)
 それからいつも桜(のような花)が満開で、銀杏(のような葉が)が紅葉(黄色です)しているのが気に掛かる。

 439年に北涼が滅んで、この頃から南北朝時代(439−589)になる。
 北朝は鮮卑拓跋部の魏(北魏)が386年−534年。
 このドラマの時代は第三代の世祖太武帝(拓跋Z(とう)、在位423−452)の時代である。
 太武帝は華北を統一した。北涼が滅んだのもこのとき。
 初代太祖道武帝、二代太宗明元帝につづき、三代目になる。
 第三代太武帝の孫の拓跋濬(しゅん、第四代文成帝、在位452−465)と未央の出会いから、複雑ないきさつをえて文成帝が即位するまでの物語。(第五代献文帝の即位までもあるが)
 未央が「濬」を筆で書くとき、「浚」と書く。これは代用する習慣があったか。ただし勅令などは「濬」を使っている。

 創作された物語なので、歴史として引用するときは注意が必要。もっとも歴史も「勝者が自分の思うように書く」ので正しいわけではない。
 すでに亡くなっていた濬の父は景穆帝と追号されているが、代数には入らない。
 物語の後、文成帝の没後に第五代献文帝が即位し、未央(馮心児ふう・しんじ)は馮太后と呼ばれることになる。
 献文帝(在位465−471)は幼帝であったので、母の馮太后に実権があった。なお、馮太后が献文帝を毒殺したという。
 いろいろ調べていると、この物語とはかなり様相が異なる。この当時南朝は宋であるが、趙匡胤の宋とは違うので注意。
 撮影場所は横店の秦王宮(撮影所)が使われている。

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 太極殿や、脇の渡り廊下が盛り上がった場所など何度も出てくる。

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 この物見櫓のような建物も特徴がある。

参考 南北朝時代
posted by たくせん(謫仙) at 10:03| Comment(2) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
2015年の未年は「乙未」でしたが、読みは「きのとひつじ」又は「いつび」になります。
未央は劉邦がつくった「未央宮(びおうきゅう)」など古くから使われています。
未央柳も長恨歌の中で、未央宮の柳を楊貴妃の眉に喩えたことからついた名で、美容柳は後付の当て字のようです。
Posted by 八雲慶次郎 at 2018年01月07日 09:44
八雲さん
 乙未を検索したところ、「いつび」の読みが出てきました。してみると日本語で「ビ」としたのは、無理筋ではありませんね。
 未央宮は今まで「みおうきゅう」と読んでいました。逆に、なぜ「みよう」と読まないのか。では漢和大字典にないのはどうしてだろうという新たな疑問が生じました。
未を「ビ」と読んだ時代があったのか。
 歴史の上で、この南北朝時代は日本ではあまり取り上げられないので、わたしの知識としては抜け落ちています。それを補うドラマでした。
 年末年始の一週間をこのドラマだけで過ごしたようなものです。
Posted by 謫仙 at 2018年01月07日 17:35
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