2016年09月12日

水滸影視城

岡崎由美先生と行く
水滸伝の舞台と世界遺産「曲阜・泰山」を訪ねる旅 7
水滸影視城

 8月21日(日)バスで水滸伝の撮影所、東平に向かう。
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 バスの窓外は、このような景色がいつまでも続く。一時間半ほどで、水滸影視城につく。
 10時頃から水滸影視城を見学する。

 大河ドラマを作ろうとすると、こうして撮影所づくりから始める。ここで作られたドラマが、2011年作成の 水滸伝 だ。
     兄弟無数
   ♪兄弟壹貳参肆伍
   ♪兄弟個拾百千万
   ♪兄弟が出会えば三椀の酒
   ♪兄弟と語れば二杯の茶


 その後は他のドラマでも使われているはずだが、全体の熱気はいまひとつかな。まあ暑い盛りでもある。

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 この門から入ってガイドを待つ。
 水滸は水のほとりの意味、そこは鉅野沢(きょやたく)といい、湿地帯であったはず。周囲八百里といわれている。約400キロだ。細長い琵琶湖が約240キロ、面積では琵琶湖の10倍はありそうだ。
 1128年に黄河は山東半島の南側に流れを変えた。そのため、鉅野沢はほとんど干上がってしまった。
 1855年に黄河の河道が山東半島の北側に変わり、この近くを流れるようになった。現在は少し恢復した。
 済水(せいすい)は独自の大河であったが、1855年に黄河の下流になった。だから現在の地図にはない。

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 正門の入り口。左に万寿門がありそこが出口になる。

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 右上が出入り口、左の外側が東平湖。水滸影視城はかなり広いが、中央の大通りの下側が主な観光地。
 見たのは(見るところは)全体の4分の一くらいか。
 ガイドの王さんが訊いた。「一番の人気者は誰だと思いますか」
 2番目くらいに「武松」の名が上がった。
「武松です。そのためここでは武松の一画が一番広くて充実しています」
 逆に不人気なのは、呉用だという、「呉用(wu yong)は無用(wu yong)だ」と言われていると。

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 当時の図。左下の鄆城(うんじょう)が宋江のいたところ。

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 門を入ると両側は広場で道にはマニアックな武器が並ぶ。

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 この辺りは東平府といった。

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 立派な門だが、中には入らない。広い撮影所だが、こうして誰も見学していないところが多く、見学する所は狭い。

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 宋代の戦車、中に人が入って押した。使い勝手はどうだろう。

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 これは自然の岩。

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 文明鎮に入る。
 この二階の真ん中の部屋で、武松が西門慶と潘金蓮を殺し、兄武大郎の仇を討った。
 潘金蓮は前回紹介した「女子読み水滸伝」の語り手。

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 武大郎(武松の兄)の家。潘金蓮と暮らしていた。そこに武松が同居することになった。

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 武大郎の家の一階、虎は武松が殺したが、皮は持ってこなかったはず(^_^)。
 二階は別料金だったので上がらなかった。

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 この二階の小道側の出窓から、潘金蓮が顔を出したところを西門慶に見られたのが、不倫のきっかけ。

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 王婆茶館から大通りの斜め向かいに武大郎の家があった。
 王婆茶館に金持ちの西門慶が来て、王婆が潘金蓮を呼び出す。名目は仕立てだった。
 王婆にとっても、滅多にない金儲けの機会だっただろう。

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 王婆茶館で茶を飲みながら講釈を聞く。語っているのは宋江の閻婆惜(えんばしゃく)殺しらしい。
 両手に鳴り物を持っている。

 出口方向へ向かうと小さな人だかり。

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 武大郎の炊餅売り。餅ではなく、小麦粉(あるいは米粉)を薄く引いて焼いたものらしい。

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 状元糕の作成現場。糯米に落花生を混ぜて搗いている。

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 宋代にもうこんな大砲があった。

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 土産物屋である。一階を見て二階に上がろうとしたら、向こうで撮影中だという。

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 撮影現場に遭遇。古衣装の女が歩くところを数回繰り返していた。
 一シーンが終わって、土産物屋の二階に行って二階の窓から見たら、次のシーンの準備中だった。
 これもアトラクションの一部ではなかろうか、という意見も。

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 雰囲気のある建物だが、見学者はいない。

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 まもなくここでショーが行われる。

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 ぼてふり(棒手振り)武大郎がここに荷物を置いて、ひとしきり商売をしてから、いなくなる。

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 李員外招親
 ショーの名前。員外とは金持ちに等しい。本来の意味は定員外の役人だが、無役なので給与はない。それなのに金持ちはこの地位を買った。理由は、役人になると税金を払わなくてよいからである。故に金持ちの意味で使われることがほとんど。
 招親はここでは婿選び。お嬢さんが鞠を投げ、それを受け取った者が婿になる。

 このお嬢さんはぽんと鞠を投げてしまった。味も素っ気もない。
 大理では何度か投げるふりをして、客がどよめいたものだが。宋城では婿入りで、漫才をやり大勢の観客が笑い転げていた。
 ここでは観客の数も少ないが盛り上がりがない。熱気がいまひとつとは、こんな場面に思う。
 武大郎が左の端でショーの太鼓を叩いていた。

 青石巷から高みに上がり、東平湖を見る予定であったが、土手の上の民族園は入れなかった。

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 湖を見ようと西の端の城壁に登る。階段はかなり崩れていて、やや危険状態。

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 城壁の内側では何かのショーを行うようだが、今は誰もいない。

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 周囲八百里(約400キロ)といわれた鉅野沢(きょやたく)も、黄河の流れが変わり干上がってしまった。ようやくここまで恢復した。現在は直角三角形に近く、高さ17キロ、底辺が12キロ。長辺が20キロくらいか。
 この地方は7月8月しか雨が降らないため、水不足は深刻である。

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 昼食時なので、大通りはほとんど人がいない。

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 最後に道観を見る。少し遅いが昼食の時間だ。万寿門から出た。
posted by たくせん(謫仙) at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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