2016年08月06日

水滸伝

8.6記   8.13追記   8.18追記
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2016.8.6記
ドラマ 水滸伝   製作:2011年
監督:鞠覚亮  脚本:温豪杰
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 約千年前(約九百年前が正しい)、北宋末期徽宗の時代である。
 宋を裏で操る四姦臣、高俅(こうきゅう)蔡京(さいけい)童貫(どうかん)楊戩(ようせん)が悪政を重ね、それに反発した者たち108人が梁山泊に結集し……という話は、ここでは省略する。
 第三回、史進のいる農村で玉蜀黍(とうもろこし)が栽培されていた。玉蜀黍は南北アメリカ大陸で栽培されていたのを、コロンブスが見つけ欧州に持ち帰った。中国に伝わったのは十六世紀といわれている。宋の時代にはなかった。
 いつものことながら、武侠ドラマで農村に玉蜀黍があるシーンを見る度に、ああまたやっていると思ってしまう。大理の天龍八部影視城にもあった。あれも宋の時代の話である。
 「赤壁」でサッカーをやっている場面も浮き上がっていた。(これに対しては、下のコメントを見てください)

 まあ、細かい時代考証をやっていたら、ドラマが成立しなくなってしまうが、原作にない話を付け加えるときは、注意して欲しいものだ。もっとも承知の上でやっている可能性が高い。なにしろ、知らないで見ていれば、中国の農村らしい風景なのだ。
 こういう所がきちんとしていると、本体の虚構が冴えるのだが。第六回まで見た。展開は遅いが、かなり力を入れていることは判る。続きをみたいと思える出来。
 10年ぶり(?)にレンタルDVDを借りた。二話で一枚が100円。安いのか相場なのか。

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2016.8.13
 第12回まで見た。
 魯智深(ろちしん)が出家して、いや出家して智深の名を得るが、破戒僧なので寺から追い出される。このメチャクチャぶりがおもしろい。少し知識がたりないが、情は深い。
 林冲(りんちゅう)が、高俅に騙され捕まり、滄州へ流罪となる。このとき、途中で魯智深と義兄弟になり、魯智深に守られて滄州まで行く。流刑先では柴進の世話になる。
 かなり迫力のある場面がつづく。また役人の腐敗ぶりも詳しく、全体的には丁寧に作られていると思う。冗長と思えるほど。
 それから徽宗と高俅らが球技を楽しんでいるシーンがある。高俅は球技で高官になったといわれている人物だ。これは違和感がなかった。

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2016.8.18追記
第32回まで見た。

 一つ一つのシーンが比較的長い。時々眠くなってしまうことがある。一部倍速でみた。

 登場人物のうち皇帝と四姦臣。
★徽宗(きそう、1082年〜1125年、在位1100−1125)。
 散財によって事実上北宋を滅ぼした皇帝。政治に関心がなく、芸術家としては有名。
★高俅(こうきゅう、?〜1126)徽宗の治世下で殿帥府太尉を勤めた。
 蹴鞠がうまくて、皇帝にとりたてられたという。
★蔡京(さいけい、1047年〜1126年)は、北宋末の宰相、書家。
 収賄などで私腹を肥やした。その額は国家財政と比較されるほど。
★童貫(どうかん、?〜1126年)は、北宋末の政治家、軍人。
 禁軍の総帥。宦官なので常に皇帝に媚びていた。
★楊戩(ようせん)大尉で四姦臣のひとりとされながら、ほとんど何もしない。

 生死年はウィキによる。
 これにより、水滸伝はだいたい九百年前の話である。

 宋江と閻婆惜のくだりに碁が登場する。小説にあったかしら。
 宋江は閻婆惜に家を持たせて閻婆惜の母と住まわせる。伎女だった閻婆惜の思いが通じたようだったが、宋江は朱仝と雷横を伴い、兄妹の契りを結ぼうと言う。
 閻婆惜はたとえ妾でもかまわないと思っていたが、兄妹の契りと聞いて、顔は笑っても目に涙を浮かべる。
 宋江は滅多に寄りつかず、たまに来ても、仕事が忙しいと、閻婆惜をおいて寝てしまう。閻婆惜がふと目を覚ますと、宋江は独りで碁を打っている。
 閻婆惜が「私がお相手しましょう」と1手打つと、宋江はいきなり盤面を払ってしまう。碁石は床に散らばる。卓袱台返しなみだ。
 モノは十分にあてがっていても、心は閻婆惜にないことを示すきつい一場面だ。
 閻婆惜の悲しみをよそに、宋江は自分が冷たい態度で接していることに気づいていない。閻婆惜が離れていくわけだ。
 後にこの話を振り返って、「妾を切ったとき……」と言っている。兄妹の契りを結びながら、実際は妾扱いしていたのか。
 このあたりは小説とは設定が違うかもしれない。宋江が世間の人気の割に冷たい人間であることが判る。

 結局48回まで見たが、そこで中断した。全部で72回だったかな。できが悪いというわけではない。よく言えば丁寧だが、悪く言えばテンポが遅い。飽きてしまったのだ。
posted by たくせん(謫仙) at 09:47| Comment(2) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
あちらのドラマは、時代考証の全体までこだわっているものは殆ど無く、例えば衣装には小物類まで徹底しているが所々に簡体字で書かれたものが置いてある…など、一から十までする気はさらさらありません。
間違いがわかっていても変えないのは、もちろん予算のせいです。

話題の傑作ドラマ『琅琊榜』では、南北朝の梁をモデルにしているもののあえて架空の時代設定にして、物語の演出を重視することで成功しています。

『赤壁』では一般的な先入観で何が時代にそぐわないのかが、逆転してしまっています。
サッカー(蹴鞠)はこの時代、民間にまでは広がっていませんが1チーム12人で映画にあったようなルールで競技がありました。
逆に喫茶のシーンでは、映画のような飲み方は西晋以降にしか行われていないのが現実です。
でも映画で、実際あった茶葉をどろどろに煮込んだスープのようなものを孔明や周瑜が飲んでも様になりませんからね(^^;
『赤壁』では予算があってもイメージを優先して史実に合わせなかったということでしょう。
Posted by 八雲慶次郎 at 2016年08月07日 09:28
八雲さん
 イメージ的に、これが中国らしいとか、その時代らしいというのは、仕方ないですね。
 たとえば内力とか、軽効とか、様々の架空かもしれない武術なども、そのように設定してあれば没問題。架空の王朝にすれば、その王朝にそれがあったということになる。
 水滸伝の場合、半ば史実の世界なので、どうしてもその時代を引きずってしまう。
「雲外の峰」に書いた、「獣の奏者」とか「精霊の守り人」とか「十二国記」のようなファンタジーは独自の世界を持っているので、そこでは何があっても驚かない。金庸ドラマとか水滸伝などは、背景になる世界が現実の世界なので、小説になかったことがドラマで加わると、ついそれは…と思ってしまいます。
 赤壁のサッカーについては、どこかで八雲さんに教わっていましたね。忘れていました。
 茶道については、そんなアクションをしたかいと思っても、お茶はあったので没問題なんです。
 結局、「そんなことは承知でやっている」のか「知らなかった」のか「そんなことはどうでもいい」と考えているのか。という問題です。
 時代考証は正確ではなくても、「ここまでは許される」「それはまずい」の境目が、わたしは少し厳しいようです。
 日本の時代劇で、今ではお歯黒を省略していますが、「これは承知しているが、省きました」と、「知らなかった」の差ではないかと思います。
Posted by 謫仙 at 2016年08月07日 20:29
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