2012年09月23日

武当山 金頂

武当山武術発祥の地・世界遺産「武当山」を訪ねる旅 8
     butouzanchizu3.jpg
 太子坡からバスに乗り、地図の左側の道を上り金頂地区に行く。中観とあるあたり。途中には人家はほとんどない。ここで昼食だった。

P8265615.JPG
 瓊台中観、ここで昼食。王へん+京は瓊(けい)の簡体字。

   
P8265616.JPG
 昼食はご飯と蔬菜。美味しいというわけではないが、わたしには不満はない。もちろん毎食これだったら困るが。
 12時ごろ、この時間でも遅すぎて特別なら、本来の時間は何時の予定だったのか。

P8265617.JPG
 瓊台中観はかなり大きな道観である。

P8265619.JPG
 空中ケーブルの駅へ向かう。
 このとき風雨が心配であった。万一風が強いとケーブルが止まる。そうなると3〜4時間かかって歩いて下りることになる。「上にあがって危ないと思ったらすぐに下りてきます」と言われた。
 このあたりでカメラの電池が切れた。充電器は大荷物として麓に置いてきたのだ。2日分はあるはずだったが、フラッシュの使いすぎか。
 雲海を突き抜けると、上は薄曇りで風は弱い。金頂を目指すことになった。七百段という急な石段を登る。
 腰を曲げると激しい痛みが走る。足と手の力だけで急な石段を上下するのはきつい。普通は何気なく腰のバネを利用して登るものだ。
 景色は絶景ではあるが、懸念したように遠くや下界は霞んでしまう。

22-12.8.26.jpg
 ドラマ倚天屠龍記の金頂
 右から登って左に下りる。下りは比較的楽だった。
 ケーブルで下る。下るときも雲海を突き抜ける。下はもちろん曇り。瓊台中観で休む。
 もう時間も遅く、これから下山しても、新たな観光地に行くことはできないだろう。
 三度目の太極拳の指導があったが、わたしは休んでいた。長いすに背もたれていて、背をまっすぐにするとき腰が痛む。このとき楽になろうとウエストバッグを外してしまった。
 史飛老師が型を披露した。「老架108式」という。みごとなこと。動きが美しい。
 帰るとき、なんと外したウエストバッグを忘れてしまったのだ。
 太子坡が近づいたころ、ガイドが「忘れ物はありませんか」と声を上げた。三度目に「黄色のポーチ」と言われて、ようやくウエストバッグがないことに気づく。あの中にはパスポートと財布が入っている。
 太極拳の史飛老師がその道観にいて、ウエストバッグを届けてくれることになった。そうでなかったら、翌日一人で登山バスに乗り、取りに行かなければならなかったところ。もちろん帰国の飛行機には間に合わなくなる。もしなくしたら、パスポートなし無一文で取り残されるところだった。
 バスを止めて、ガイドがケータイで話をしているのだが、なかなか話が終わらない。なんと史飛師が太極拳の指導のときに、ケータイをなくしてしまったという。これは見つからなかったらしい。
 あとで知ったが、カメラをなくした人もいた。

 麓のホテルに着く。史飛師がウエストバッグを届けてくれて一安心。史飛師には感謝感謝。
 夕食後、ガイドの案内で十堰市街を軽く散歩。
 前2日はシャワーだった。この晩は、初めてバスタブにつかった。ところが排水ができない。ガイドに来てもらったがどうするのか判らない。ホテルの係員を呼んでようやく排水した。なんと排水菅の蓋というか弁というかを強く押すのだという。
 ガイドは「ここではバスタブを使う人はいませんよ。みんなシャワーです」と言う。それならシャワーセットだけにすれば問題ない。そのくらいは覚悟している。前2日はシャワーだけだった。
 まあそういうところはなんだが、自称四つ星ホテル。
 前日の天禄度暇村では、ほとんど使えないパソコンセットもあった。スイッチを入れても動かない。ある人はマッサージの人にセットしてもらって、ようやく使えるようになったが、あまりに遅くて使い物にならなかったとか。
 どこも表から見ると立派なので、ちぐはぐな感じがする。

 金頂の記事には写真がないが、もし写真が手に入ったら追加します。
posted by たくせん(謫仙) at 10:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
大事なポーチみつかってよかったです。史飛老師が携帯を探してみつけたらしいです。そして腰も良くなってよかったです。たくせんさんから話を聞くまでは歩くときの腰の動きがおかしいなって思ってました。写真すばらしいです。電池切れは残念でした。
Posted by piggy at 2012年10月05日 19:39
piggyさん
そうなると、史飛老師がケータイをなくさなかったら、判らなかったのですね。
申し訳ない。
わたしが帰国できたのは奇蹟に近い偶然みたいなものです。
今から考えると冷や汗もの。そのときは先に見つかって後で気がついたので、あまり危機感がありませんでした。
今のカメラはフィルムカメラのような感覚で写せますが、それでも絞りやシャッタースピードが簡単に調節できないので、苛立つことがあります。そのためだんだんオート機能に頼るようになりました。
Posted by 謫仙 at 2012年10月06日 08:12
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック