2012年09月20日

武当山 太子坡

武当山武術発祥の地・世界遺産「武当山」を訪ねる旅 7

 バスで太子坡(たいしは)まで戻る。

P8265601.JPG
 バスターミナルにはこんな写真も。雪の南岩宮である。この時期なら観光客は来ないだろうな。

P8265602.JPG
 太子坡のターミナルから復真観の道は短い。高低差があまりないので楽だった。
    
P8265604.jpg
 門の上部

taisihaakaimichi.jpg
  ホテルで買った本の表紙にもここの写真があった。門から入ると、両側を曲線の赤い壁に挟まれた道を通る。この道もドラマ倚天屠龍記でおなじみ。

P8265605.JPG
 福禄寿を祀ってある。
 福禄寿は子・財産・長寿の三徳を具現化したもの。子の教育も入るのか。

P8265607.JPG
 ここは復真観という。太子坡は地域名か別名か。
 こどもが多いことに気がつく。
 勉強嫌いの太子だかが改心して一生懸命勉強してなんとかという話があり、こどもが一生懸命勉強するようにという願いをかけて、子連れで参拝。
 バスのない時代、こんなところまでこどもを連れてくるのは大変だろうな。もっとも勉強する余裕のあるのは、大金持ちのお坊ちゃんだけだから、懐の心配は無用か。

 南岩から太子坡(たいしは)に戻るバスの中で、ガイドが「この歩き方ではとても金頂に行けないので、予定の太子坡は行かないことにする」とごねだした。結局昼食の時間を変えてもらい、簡単な道教食にすることにして、太子坡も見ることになった。
 わたしはガイドの言う予定を聞き漏らしていた。そもそも旅行予定では、玄岳門は4日目の、襄陽に帰る前に行くはずだった。武術院に行ったとき見たのは、同じ地域なので当然で、4日目にするのは無駄だが、その予定の変更は聞き漏らしていた。そのためにちょっとした問題はあった。
 わたしだけが聞き漏らしただけなのかも知れないが、ここで予定云々と言われてもわたしは予定を知らない。
 増水で逍遙谷には行けなかったが、それでもなお時間がないなら、逍遙谷はいつ行く予定だったのだろう。わたしが迷子になった時間か。
 最後に遇真宮に行くはずだったが、遇真宮に行かずに襄陽に向かった。これも計画の変更をわたしだけが聞き漏らしたようだ。
 わたしに言わせれば、予定の変更は全員に伝えなければならない。襄陽からの2時間のバスの中。あるいは食事のときなど全員が揃っているとき。あるいは太極拳の時間を削ってでも全員に伝えるべき。何度も機会はあったはず。
 今回の旅行は武当山での宿泊場所が変わり、それによって武当山での全ての計画が変更された。急な変更なので、旅行社も詰め切れなかったであろうと思う。
posted by たくせん(謫仙) at 12:43| Comment(3) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんにちは。お元気ですか?
今は回復していますが、私は桃花島(に行けなかった)旅行の時と同じく5日目から下痢になってしまいました。
たくせんさんがおっしゃるように、私も「次の予定」が少し分かりにくかったです。天気や現場の状況や師匠の都合で予定はどんどん変わるだろうと覚悟していましたが、そもそもその日の大体の予定が良くわかっていないので予定通りなのかどうかも良くわかっていませんでした。
逍遙谷は大雨だったかの影響で水没してしまっているので行きません、ということでした。
ガイドさんは予定の事を言ったのかどうか?バスの中では本当はマイクを使って話してもらいたかったですが、エコーがかかりすぎて却って聞きずらいということでしたので仕方なかったですね。でも後ろに座っていた人は聞こえなかったと思います。真ん中あたりにいた私も聞こえずらかったです。中国語なまりもあったし。
でもまあここは中国だしと気にしないことにしました。
今回の旅行もご一緒できて良かったです。
引き続き旅行記楽しみにしています!
Posted by タラ at 2012年09月20日 21:07
武当山での予定は、とにかく武術体験については史飛先生にまかせて欲しいという話だったのですが、予想以上にはりきってしまった(^^;ようで練習時間が追加され、観光の時間が少なくなりました。逍遙谷が見られない状態だったので、なんとかある程度の観光ができたというところです。
先に玄岳門を見ることになったのは、2日目の昼食をとるのが市街地にある学校ではなく冲虚庵のところになったためです。これは直前までわからなかったので、二十一世紀にもガイドにもなんともしようがなかったでしょう。遇真宮が工事中だったこともあるかもしれません。
3日目の昼食は、もともと中観での道士食ですが太子坡に行くと予定の食事の時間に間に合わない、遅れたら作って待っていてもらえるかわからない(特別に作ってもらうことになっていた)ので飯抜きになるかもしれない…ということで皆さんに意見を聞きました。
岡崎先生も武当山に来て太子坡を見ないわけには、というのもあり観光することに。幸い昼食も準備してもらえたという次第です。
他のところは、中観に泊まれなかった今回のルートでは3日目の武術体験を削ったとしても回る時間がないと思います。
Posted by 八雲慶次郎 at 2012年09月20日 22:57
タラさん  八雲さん

 旅行は「そこには何があるだろう」と思って行くのと、「そこにある◯◯を見たい」と思っていく旅行があると思いますが、今回は「そこにある◯◯を見たい」という旅行だと思います。細かいことは「何があるだろう」になりますけど。
 宿泊地が替わったので、予定が大幅に変更されたのは仕方がない、とみんな思っているはずです。「出発のご案内」でも対応し切れていません。
 それは仕方ないので、前日に次の日の大まかな予定を知らせて欲しいと思いました。その上で、天気状況などで、変更があるのは仕方ないですよね。
 ガイドの日本語は発音がしっかりしていたので、間違いなどあっても意味は通じていました。
 お腹については、わたしは道士食が2回出たので、なんとかなりました。これはいつも悩まされますね。美味しい物が目の前にあるとつい手が出て……。

 史飛師の指導は観光に影響なかったと思います。早朝にしても金頂下山後にしても、その時間帯では、別な観光はできませんしね。
 太子坡を見ると「時間がなく簡単な食事になる」ように記憶していました。少し本文を訂正しておきます。
 例えば遇真宮は、「昔、遇真宮の有った所」状態のようで、省くのは仕方ないでしょう。その「省きます」という連絡が前日に欲しい。
 予定が前日に判っていると、昼食のトラブルなどはなかったはずです。
 なんかガイドの腹づもりだけで動いているような感じがしました。これは半分はわたしの個人的事情があるので、本当はそんなことはないでしょう。それでもガイドがかなり頑張ってくれたことは判りますよ。
Posted by 謫仙 at 2012年09月22日 07:53
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック