2012年09月10日

武当山 太和武術院

武当山武術発祥の地・世界遺産「武当山」を訪ねる旅 4
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 太和武術院に向かって歩いている。道は小型車しか通れない古い道。
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 沖虚庵が見えてきた。道観(道教の寺)か。ここは世界遺産のはず。
 沖虚庵で太極拳の型を見た。

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 西洋人も数人いた。

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 その後、すぐ近くの道教太和武術院に行く。

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 道士の昼食を摂った。米の飯と蔬菜で質素なもの。それは理解できるが、なんと汁がない。茶もない。やはり水は持ってくるべきだった。わたしたちが椅子を占領してしまったので、立ったまま食べてる人もいた。
 なお、わたしにはこの食事はありがたい。油ものが多い中華料理は美味しいが苦手。

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 これが地図にも載っている金花樹。
 金花樹は固有名で実体は柏の巨木。柏とは日本名「このてがしわ」。檜の一種。

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 沖虚庵を一周する。
 目立ったのは、大量の毛虫。前後が気味の悪い色をしている。気を付けて歩かないと踏みつぶしてしまう。
 太極拳の型を見ていたときに手すりに掴まるときも、毛虫がいないか確認してから掴まった。
 初めの少年の演武の右足靴から数センチのところに見える黒い点がそうだ。頭と尻がオレンジ色。その他あちこちの細長い黒い点は拡大して見ると毛虫であることが多い。
 下の集合写真の手前の石の上、左の黒い点も同じく。

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 裏手の建物、使用しているようには見えない。世界遺産に指定されて、補修ができないのかも知れない。

 本堂で道士として史飛(清塵道人)師に弟子入りすることになった。

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 正面の真武大帝像に三跪九拝(?)、史飛師に一跪三拝して、道着を頂く。
 武侠体験であるが、一応清塵道人の弟子となった。

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 一同で記念撮影

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 胸のマークは武当山道教太和武術院とある。

 張三豊(ちょうさんぽう1247−?)は、元・明代に生きた遼東(遼寧省)出身の道士、仙人になったので死は不明。字は君宝。存在したかどうかは定かでない。
 永楽帝が168歳の張三豊を招聘するが辞退された、という話もある。
 伝説では、少林寺で修行した後、武当山で武当派をつくり、太極拳を創設したとされる。
 丘処機(長春真人)(1148−1227)に学んだとも言うが、年が合わない。長春真人は1218年に、西アジア遠征中のチンギス・カンの招請を受けた歴史上の人物なので、張三豊はこれより後の時代の人物ということになる。
 太極拳は明の終わり清(1636−)の初め頃にできたといわれる。張三豊は太極拳の創始者とされているが、時代が合わない。太極拳のもとになる、武当山武術の創始者と言うべきだろう。伝説上の人物だが、それらしき人物は実在したようだ。

参考: 武当山道教太和武術院 http://www.wudangwushu.net/
posted by たくせん(謫仙) at 10:01| Comment(4) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
食事をしたところは、太和武術院の寮のようなところで、学校そのものは市街地の中にあるようです。

清初にできたのは陳式太極拳で、元になった十三勢は宋代にできていたと言われています。
史書に登場する名前は、張三豊と張三峯の二つがあり、前者が明初の人で後者が宋の徽宗の人と書かれています。
しかし豊と峯が同音のため、誤字であるとか同一人物であるとか別人だとか、資料もすくないためはっきりしません。それもあり仙人のごとき長寿としてごっちゃにしているのでしょう。
私の考えでは、十三勢を作った易や武術、内丹に深い見識のあった道士が張三峯で、明初に武当山を現在の隆盛に導き倚天屠龍記のモデルとなったのが張三豊だと思います。
張三峯が丘処機に学んだという話は聞いたことが無いですが、丘処機を祖とする明初の全真教龍門派四代目弟子・丘玄清が張三豊の教えを受けたという記述はあります。
倚天屠龍記では、いろいろな伝承を組み合わせた人物像なのでしょう。
Posted by 八雲慶次郎 at 2012年09月10日 22:26
八雲さん
調べてみても諸説あって、実体は雲の中。ただ実在の人物であることは間違いないようですね。
三峯から三豊に名を変えたという説も。
別な人が混同されて長寿の仙人とされた説は、納得できます。こうしていろいろな説を知ると、金庸老師が倚天屠龍記で書いた人物像が、影響は大きいのに、外に対して、あまり動かないのも納得しますね。

>全真教龍門派四代目弟子・丘玄清が張三豊の教えを受けた
四代目になると時代もあってくるのかな。
旅行中は何度もドラマのシーンを思い出すことになりました。
Posted by 謫仙 at 2012年09月11日 07:48
ご無沙汰してます!
やはり今回も参加されていたのですね。
綺麗な写真の数々、見るだけでわくわくします!
毛虫が多いとは、ちょっとあれですが、本当にここは現代か?と思うような生活、素敵ですね。
まぁ実際に行くと、そんな事ばかり言ってられないのでしょうが。
続きを楽しみにしてます!
Posted by 阿吉 at 2012年09月12日 16:20
阿吉さん
まずはお子さんの誕生、おめでとうございまます。
八雲幇主から最初の知らせがありました。
名前を高虎子にしようとしたら即座に却下された、には笑い転げました。
さりげないことでも阿吉さんが言うと面白い話になる。これはブログでも同じですね。

さて、
道教でも出家生活はかなり厳しいようですが、それが武術と結びつくのが不思議。
実際には日本の仏教僧と同じように、世俗との縁は断ち切れないでしょう。
>本当にここは現代か?
日本では現代的な清潔感がどこでも感じますから、日本の寺では、こんな感じになったことはありません。が、武当山では感じます。
今回の旅行は冷汗を流してばかり。
Posted by 謫仙 at 2012年09月13日 08:31
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