2006年11月06日

大理の山茶(椿)

 喜歓妹から椿の写真を頂いたので、大理の段誉を思い出しました。

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  喜歓さんから頂きました。

 天龍八部の第二巻に、段誉が椿の蘊蓄を傾ける場面がありますので、それを紹介することにします。

 段誉は鳩摩智に掠われて、大理から江南に行くのだが、そこで阿朱・阿碧と共に鳩摩智から舟で逃げ出して、その途中でトイレのために曼陀山荘による。
 そこで主の王夫人に捕まってしまうが、椿の蘊蓄を傾けることによって命が助かるのだ。
 申し訳ないが、次に書いたのは、本当にこのような名前の椿があるのかどうか知らない。金庸の創作かも知れない。
 まず、茶花とあるのが椿のこと。別名曼陀羅花(日本では曼陀羅花は朝鮮朝顔)。段誉は曼陀山荘の名で名品があるかと思ったが、たいした花がないのでがっかりする。特に管理に当を得ていない。

「奥様はこれを『満月』とお呼びだが、まずそこからして間違いです。花の見分けすらつかぬうちは、花を知っているとはいえません。このうち一株は『紅妝素裏(こうしょうそか)』、もう一株は『抓破美人臉(そうはびじんけん)』というのです」
「美人の顔を掻きやぶるとは、奇妙な名前だこと。どれがそうなの?」
「お訊ねになるなら、相応の礼はわきまえていただかないと」

   −略−
 …あたり一面はことごとく茶花である。しかし、いずれも大理では三流の品種で、精緻な建物とはつり合わない。
「大理には茶花が多いでしょうが、ここには負けるのではないかしら」
 王夫人が得意げにいう。段誉はうなずいて、
「この種の茶花は、たしかに大理では植えませんね」
「そう?」
 夫人はにこにこする。
「大理ではそこらの田舎者でも、こんな俗品を植えるような野暮はしません」
「何ですって? これがみんな俗品だというの? それは……あまりな言いようだわ」
「信じるかどうかはご自由ですが」
 段誉は、五色の入り交じった茶花を指して、
「この株は、さぞや大事にされているのでしょうね。ああ、こちらの欄干はほんものの于テン玉(うてんぎょく)だ、なんとも美しい」
 花のそばの欄干を誉めて、かんじんの花に触れないのは、書を評するのに墨色や紙の質ばかり称えるようなものである。
 その株は、赤や白、黄に紫と、色とりどりの花が咲くきわめて華麗なもので、王夫人はかねてより珍品とみなしていたから、かれの見下すような口調に、むっとして眉をひそめた。
「お訊ねしますが、この花は江南でなんと呼ばれています?」
「とくに名前はありません。五色茶花と呼んでいます」
「わが大理では、『落第秀才』 の名があります」
段誉が微笑すると、ふんと鼻を鳴らして、
「まさか、どうせ出任せでしょう。これほど豪著な花が、落第秀才なものですか」
「花の色がいくつあるか、数えてごらんなさい」
「とうに数えたわよ。少なくとも十五、六色はあった」
「ぜんぶで十七色です。大理には 『十八学士』 という品種があり、一株の樹に十八輪の花を咲かせる、天下の逸品です。十八輪はすべて色が異なり、それぞれ一片の混じりけもない。しかも形もひとつずつ違い、一斉に咲き、一斉に散ります。ご覧になったことがありますか?」
 茫然と聴いていた夫人は、首をふって、
「そんな花があるなんて、聞いたこともなかったわ」
「この『十八学士』より一段落ちるのが、色の異なる花が十三輪咲く『十三太保(じゅうさんたいほう)』、ついで八輪の『八仙過海(はっせんかかい)』、七輪の『七仙女』、三輪の『風塵三侠』、紅白二輪の『二喬』と続きます。花はかならず純色で、ほかの色味が混じれば格が下がります」
 夫人はうっとりと面を上げ、つぶやいた。
「どうしてあの人は教えてくれなかったのかしら」
「『八仙過海』には必ず、深紫と淡紅の花がひとつずつあり、李鉄拐(りてっかい)と何仙姑(かせんこ)をあらわします。
この二色が欠けると、おなじ八色でも『八宝妝(はっぼうしょう)』になり、これも名花ではありますが、一段格が下がります」
「そうだったの」
「それから『風塵三侠』は、一級と二級の品があって、一級では、いちばん大きいのが紫の花、これはキュウ髯客(きゅうぜんかく)です。二番めが白で、これが李靖(りせい)。小さくて艶やかな赤が紅払女(こうふつじょ)です。もしも赤の大きさが、紫と白を上回れば、二級の品となり、価値ははるかに下がります」
 これらの茶花は、鎮南王府の逸品であり、段誉はそれこそ掌を指すごとくに知っている。王夫人は興味津々で耳をかたむけた。
「わたしは一級どころか、二級さえ見たことがない」
 段誉は五色の茶花を指して、
「この茶花は、十八学士より一色少なく、色も混ざっていて大きさも不揃い、開花にもばらつきがある。学士を真似ようとして及ばない半可通というわけで、『落第秀才』と呼ぶのです」
 王夫人はくすっと噴き出した。
「なんとも辛辣な名前だわね。おおかた、そなたのような本読みが考えついたのでしょう」
 ここに至って、夫人も段誉の知識に信を置き、楼の上へといぎなった。

  −略−
「さきほどのお話、目から鱗の落ちる思いでした。あの鉢植えは、蘇州の花売りが『満月』と呼んでいたものですが、そなたは『紅妝素裏(こうしょうそか)』に『抓破美人臉』(そうはびじんけん)』と言いましたね。どこに違いがあるのです?」
「この大きな花のように、白地にうっすらと黒い斑(ふ)があるものだけを『満月』と呼ぶのです。黒い斑は月に生えているという桂です。こちらの、花弁に橄欖(かんらん)のような斑がふたつあるのは、『眼児媚(がんじび)』と呼ばれます」
「いい名前ね」
「白い花弁に赤いを散らしたものが『紅妝素裏』。緑色が差し、赤い線が一本入っているのが『抓破美人臉』。ただし、赤い線が多いと『倚欄嬌(いらんきょう)』 になります。よろしいですか、およそ美人とは淑やかなもの、
 −略− 喧嘩ばかりしていることになり、美人というにはほど遠い」

 段誉はせっかく王夫人を喜ばせたのに、最後の一言で、機嫌を損じてしまう。この王夫人は段誉の父親の愛人で、年頃の娘がひとり。娘の名は王語嫣といい段誉の父親の子であることになる。複雑な言い方だが、つまり兄妹といえない事情があるのだ。
 テレビドラマで王語嫣を演じたのは劉亦菲さん、神G侠侶の小龍女を演じている。
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  浅草の椿です。
  白き花朝日を浴びて露おとし 赤き梅見て静かに開く    謫仙
posted by たくせん(謫仙) at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 天龍八部 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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