2006年11月02日

神雕侠侶2

 神雕侠侶(神G侠侶)のDVDが届いて三日間、箱だけを見て過ごした。(^。^))。
      shinchou1.jpg
 ようやく最初の一枚を見た。中国版と比べて映像がきれいだと思ったが、あらためて中国版を見ると変わらない。オープニングやエンディングはかなり違う。なにしろCMがない。中国版では日本語版(と同様の中国版)の前に更に中国向けのオープニングが入っている。そのため最初のオープニングは「神雕侠侶」で16年の純愛云々という説明が入って、ようやく日本語版と同じ「神G侠侶」のオープニングになる。
 日本語字幕によって意味がはっきりした。特に原作と変えたところは日本語字幕がないと意味が判らない。楊過が終南山重陽宮に預けられる経緯も微妙に違う。それが説明によって判る。そうするとあとの展開も微妙に変わってくるはずだ。
 ヒロインの小龍女役の劉亦菲の美しさが際だつ。天龍八部では深窓の令嬢で、悲しい顔をするシーンが多かったが、ここでは笑顔が多い。もっとも涙を流すシーンはそれ以上に多い。体が成長したのか、顔のバランスが整ってきた。天龍八部では、横顔を見たとき下顎が小さいのが気になったが、不自然さを感じないほどになった。
 この撮影では九塞溝が使われている。
 こうして中国が国を挙げて、ドラマ作りに取り組み、国や観光地のPRをしている様子がうかがわれる。おそらくハリウッドによるアメリカのPR力を知り、その意味を知ったのではないか。ただの娯楽とは思えない。
 この撮影において、九塞溝の一部が壊されたため、中国でも問題となった。他の作品でも自然破壊があったらしい。
 武侠ドラマは一種のSFでお約束の世界だが、そのお約束の中で整合性を持たねばならない。たとえば百メートルくらいは内力で飛び越えるシーンがある。それなら街中の五十メートルほどの川や普通の家など簡単に飛び越えられるはず。基本的に原作に沿って作られているので、整合性の破綻を心配せず、安心して見ていられる。
 それでも舞台の稚拙さで矛盾を感じたりすることもある。たとえば古墓の入り口の天井は屋根のように薄い。ここを断龍石で塞ぐ。その巨石は上から下りてくるのだが、どこにあったのか。それならば屋根の部分をその石が入るほどに厚く作らなければならない。崖の横穴のようにすべきであった。あるいは入り口からかなり入ったところで塞ぐべきであった。
 神Gは設定では空を飛べない。だが、オープニングでは空を飛んでいる。後半に登場するのだがどうなっているか、気になるところ。
posted by たくせん(謫仙) at 13:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 神G侠侶 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック