2006年07月05日

蘭嶼6 イララライ(朗島村)

 イリヌミルクからイララライの途中には、こうした険しい山が海に突き出た所にも道を通してある。道は細いがそれでも、車が通れるほどに広さがある。
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 途中に軍事基地があった。そのあたりは立ち止まってはならず、写真を撮るなど論外である。
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 この写真は三回目の来島のときのもの。
 女の子たちの軍事訓練の声が聞こえる。見ると子供のような顔つきであった。当時の台湾では中学生にも軍事訓練の時間があったので、中学生かも知れない。銃の扱い方も一通り教わるらしいが、実弾発射までするのだろうか。

    太平の島の少女は声そろえ
        手足そろえて黒き銃持つ   謫仙


 大きな荷物を頭に載せて、同じ方向に向かっている人がいた。これが一般的な習慣かどうかなんともいえない。他にも同じような人を見たが数は少ない。
 4時間ほど歩いてイララライに到着する。ここにも小さいが、伝統的な家の集落がある。
 念のために言っておくと、伝統的な家の集落はイバリヌとイララライにあるだけで、その他はコンクリートの家である。当時の島民は伝統的な家を好んだ。この土地ではその方が過ごしやすいらしい。
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イララライの集落、左の方に伝統的な家が少し残っている。
 このコンクリートの長屋のような家は、どの部落にもある。この時からすでに30年近くたち、現在では、これらの建物は改築の時期を迎えている。
 このころすでに晴れていて、気温は高くなっていた。
 部落の百メートルほど手前で弁当を食べた。ジュースとコーラの缶を持っていたが、ジュースは引っ張る部分が千切れて、飲むことができなかった。コーラも日本のコーラとは味が違う。ホテルに帰ってから、交換したジュース缶も、同じように千切れて開けることができなかった。
 集落に入る。
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 車庫ならぬタタラの舟庫
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 このタタラは中側まで模様がある。トビウオである。
 イララライはイモルから一番遠いためか、観光慣れしていない。つまりお客様扱いの気持ちが薄い。観光による収入が少ないと思える。そのため不用意なことをすれば、不愉快なめにあう可能性が高い。他人が勝手に生活の場に入ってくるのはうっとうしいものだ。
 赤ちゃんにおっぱいを含ませている女や、裸の子供たちなど、被写体にすれば素晴らしいが、カメラを向けるのは遠慮した。

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    静かなようだが、周りは人がいっぱい。

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   小学校、タタラと同じ模様が描かれている。
 イララライに別れを告げ、更に西に向かって歩き出す。単調といえば単調な海岸線が続く。海岸の岩は荒々しい。海水浴が原則として禁止なのは、岩に打ち付けられる危険性による。
 イララライを出てから、途中でマイクロバスに拾われるまで、数台の車が通ったが、歩く人には一人も会わなかった。
posted by たくせん(謫仙) at 12:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 蘭嶼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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