2006年06月29日

蘭嶼3 イリヌミルク(東清村)

(これは大部分が84年夏の記録)
 イバリヌの後背の高みから左手を見るとイリヌミルクの集落が見える。イバリヌから歩いて40分ほどの距離であった。その右手の岬に情人洞がある。
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 途中写真を撮りながら歩いていたので、イリヌミルクに着いたときは正午近くなっていた。

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 このタタラはどこで撮ったか記憶がない。イバリヌであろうか。

 小学校の庭に観光客らしい人だかりがある。わたしも校舎の日陰に入り、弁当を食べることにした。土地の男の子が近くでわたしを見ている。少し食べ残したところ、その子が欲しがったので与えた。一緒に食べたが、わたしの方が食べ終えるのが早かった。その子と入れ違いに観光団の若い女性に取り囲まれた。
 すぐに日本人だと判ったらしい。
 若い女性がほとんどで、気軽に話しかけてくる。蘭嶼別館に泊まる観光団であった。帰りは彼女たちといっしょに別館の観光マイクロバスに便乗して帰ることに決めた。

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 ただし、わたしは中国語が判らないので筆談である。彼女たちはほとんどが、台北にある、ある電子工場に勤めていた。胸に名入りの札を付けている。
 このころ、台湾の女学生たちは黒のズボンを穿くことを義務付けられていたが、この人たちは社会人の観光団であったので、当然服装は自由である。それでも名前を胸に着けている。
 しばらく話をしてから、情人洞へ行くことになった。イリヌミルクからは近い。
 小学校から出るとこどもたちが遊んでいた。
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  イリヌミルクの子供たち
 歩きながら、19歳の女の子がわたしの手を引く。振り向くと、ペットボトルを手渡してくれた。水を飲みなさいと手振りで示す。
 台東の人であったが、来島は初めてと言った。そんなものかも知れない。台北で働くようになり、ようやく地元のこの島に、観光で来ることができるようになったのであろう。

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 岬の途中に穴が見える。

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 情人洞は、太平洋神秘海島の地図で獅子角と書かれているあたりにある。
 許されない男女が、ここで一晩を過ごすと、許される決まりがあった(らしい)。
 この洞は海の洞窟で、かなり危険である。もちろん中に入れるはずがなく、この付近で一夜を過ごしたのであろうか。
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  駆け落ちのできぬ小さな島ゆえに
           情人洞は仲人となる   謫仙


 この近くに自然の洞窟があり、遺跡でもある。両側の洞窟は奥で繋がっている。あまり広くはないので、大勢が住んでいたとは思えない。
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 帰りはマイクロバスで南側の道を通ってイモルまで島を半周する。
 小さな軍事基地の前を通ってしばらくすると、この島最高の自然の彫刻がある。これは後述する。
posted by たくせん(謫仙) at 10:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 蘭嶼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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