2006年06月25日

蘭嶼2 イバリヌ(野銀)

 峠越えで東側の海が見えても、しばらくは視界が狭い。集落の後背の高みで左右を見渡せる。
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 右手にはわずかだが農地がある。この先に発掘調査をしたい遺跡があるらしい。
 山から見下ろしたイバリヌには目をみはった。
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イバリヌの集落
 見下ろすと左側に新しいコンクリートの住宅。右側に雅美族の伝統的な家。
 この伝統的な家は、その人の家族構成などによって構造が決まり、裕福だからといって大きくすることはできない。
81-15-11.jpg 地面を掘り直接屋根を葺いただけのように見える家の集落を、見下ろしながら村に入る。
 見えるのはほとんど倉庫や涼み台である。
 坑の中に隠れるようにして、僅かに屋根だけ見えるのが住まいである。
84-11-24.jpg 手前左の家は倉庫であろう。手前中央の屋根だけ見えるのが住まい。右手の小さく背の高い台が涼み台。雨の時など、上の部分に人が、下の部分に豚や鶏や山羊などが雨宿りする。
   半農の水芋田にも雨落ちて
         山羊豚人鶏 雨やどりする   謫仙

 ほとんどが山で、平地は海岸縁に僅かにあるばかり、半農半漁といえども作物は限られよう。水芋田以外はほとんど見なかった。
 海岸の岩陰で休んでいると話しかけてくる。観光バスも来ていないのに、しかも一人でいるのが珍しいらしい。
「こんにちは、何で来たの」
「歩いて山を越えてきたんですよ」
「それは大変ね。バスがあるからバスで来ればよかったのに。わたしイララライよ。ところであなたタバコ持ってない?」
「イヤ、わたしはタバコを吸わないんですよ」
 こんな会話を数人と交わした。
81-15-23.jpg 建物の建設現場で遊ぶこどもたち
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 建物の周囲はこのようにしっかりしている。風を防ぐため屋根が低い。そのため家の中は天井が低く、真っ直ぐ立って歩くことはできない。
 奥さんは座繰りの機織りをしていた。
 バスに乗ってイモルへ帰る。夕方ホテルの窓から見ているとタタラが帰ってきた。2艘の舟3人で、とれた魚は20センチほどが6尾、60センチほどの太刀魚2尾、これだけである。タタラの漁の中心は夏のトビウオ漁である。これを干物にして貯蔵する。
 6時頃ようやく電気が通じ扇風機を回す。風呂は湯が出るのは7時頃から30分ほどで、あとは水である。
 食事は昼も夜も同じメニューである。しかも毎日。主菜は煮魚、味はもちろん台湾風である。
 余談ながら白人男性が数人いて、毎回5杯ほどご飯を食べていた。一週間になるというが、毎日毎日同じものをよく食べるものだ。わたしは一杯しか食べられない。
 夜、年賀状を書き終え、ポットの湯を飲み干したころ、電灯が消え、発電機の音が途絶え、蘭嶼の第一日が終わった。
posted by たくせん(謫仙) at 09:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 蘭嶼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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