2006年06月24日

蘭嶼1 太平洋神秘海島

 この記録は八十年代前半である。蘭嶼島と報道されることもある。嶼とは島の意味であり、蘭嶼は蘭島に等しいが、蘭嶼は固有名詞であり、当時は蘭嶼島という表示が普通であった。
 面積は約46平方キロメートルである。
     lanyuibie.jpg
      島民とタタラ 後ろは蘭嶼別館
               ホテルのパンフレットより
 わたしは3回この島を訪れている。81年の12月の終わり、84年の夏、86年。本来は別々な話にすべきだが、ここではそれらをまとめて1回の旅行記風に書いてある。重複や漏れを防ぐためだ。中心は最初の旅行記で、あとの2回を補足した。写真は夏の写真と冬の写真が混じる。そのため多少の矛盾があるかも知れない。許されよ。

 カタカタカタとおもちゃのような軽飛行機が走り出して、フワッと浮かび上がる。台東機場から飛び立って約25分、雅美(ヤミ)族の島蘭嶼に到る。
 暑い。十二月も終わりであるのに汗が噴き出す。人口三千に満たないこの島は、「裸の島」ともいわれていた。今でも老人世代は褌姿が多く、中年以下は粗衣をまとう。
 旅行案内書に曰く、
蘭嶼は台湾観光の秘境である。本島南端から約三十キロ北東の太平洋上にあるヤミ族の楽園である。このヤミ族は半原始的な風俗を持ち、この島だけに定着している。
   ―中略―
 頭目もいない自由平等の村落構成で、人情は厚い。
 屋根に石を乗せた家屋や、南洋諸島を思わせる原始的な彫刻をほどこしたタタラという舟が印象的である。島内にはこれといって、観光するものもないが、素朴なヤミ族の人情に触れ、風俗習慣の少しでも理解することができれば、世俗を忘れてしばしの南海の楽園に遊ぶ心境を味わえよう

 このような島を楽園視するのは異議があるが、この言葉は決して的はずれというわけではない。当時、戒厳令下の台湾において、珍しく息の抜けるところであった。ただし民家から遠いところに軍事基地があり、その周辺は立ち止まることさえ許されない。
 飛行場から迎えのマイクロバスで、ホテル蘭嶼別館まで行く。昼食を済ませホテルの玄関を出ると、上半身裸の男が数人いる。
「いらっしゃい。今日の予定は? 明日帰るのですか」
「いや、しばらくいます。今日はこれから考えるけど、帰るまでには歩いて一週しようと思っています」
「皆一泊で帰る人が多いんですよ。観光バスもあるけど、何日もいるのなら、今日は山を越えて、イバリヌからイリヌミルクまで行って、バスで帰ってきたらどうでしょう。そして明日は……」
 地図を広げて説明する。
「そのなんとかってのは?」
 観光地図には載っていない名前であった。
     chizu.jpg
 観光地図の地名(中国名)と島民の使う地名(ヤミ族名)が違うことを教わったが、同時に正確な地図と観光地図には、差があることに気づいた。
「軍事的な理由で、正確な地図は見せてはいけないことになっているのですが」
 もっとも道は一本道なので迷うことはない。
   ヤミ族名     中国名
   イモル……………紅頭村
   イラタイ…………漁人村
   イバリヌ…………野銀
   イリヌミルク……東清村
   イララライ………朗島
   ヤユ………………椰油
 その人の説明は続く。
「この島は台湾中で一番日本語の通じる所ですよ。若い人を除けばだいたいの人は日本語が判りますからね。それから写真を撮るときは気をつけなさい。舟の写真を撮ると銭をくれと皆が手を出すからね。関係のないヤツまで手を出すから」
 楽園に住む人の態度ではない。
 檳榔の実で歯を赤くした脇の人を指し、
「もしよかったらこの人の家へ行ってご覧なさい。イラタイの向こうから2軒目の家ですよ」
 蘭嶼別館はイモルにある。イラタイは隣の集落だ。
    檳榔を噛みつつ語る島人は
         爪先広く島を踏みしむ   謫仙

 当然だが、西洋的靴を履く習慣がないため、足の指が自然に伸びている。
 ホテルの人だと思っていたその人の荷物に、航空券が付いているのに気がついた。日本から来たという。
 8年間毎年この時期に10日ほどいる。遺跡の発掘調査をしたいが、政府がなかなか許可をくれない。
 しばらくそんな話を聞いて、イバリヌに向かって歩き出した。
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 山道を登りはじめた所からイラタイのほうを見る。綺麗に農地が広がり、イラタイはコンクリートの家である。左上は滑走路であろう。
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 こんな蜥蜴が多い。日本でよく見る蜥蜴より一回り大きい。蜥蜴がいたが、蛇は見なかった。台湾には三歩蛇・百歩蛇などという猛毒の蛇がいるが、ここでは毒蛇の話は聞かない。
 山道の途中で、十数頭の山羊の群に取り囲まれた。すぐに人声がして、若い男が山羊に続いて藪から出てきた。
   84-11-08.jpg
   84-11-05.jpg
 40分で峠に立つ。
 峠付近では数頭の牛が放牧されている。間もなく道に迷う。頂上付近では道がはっきりせず、4回の峠越えで、毎回違うところに下りた。
posted by たくせん(謫仙) at 09:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 蘭嶼 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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