李連傑主演の「霍元甲」を見てきた。もう最終日であった。
席は1割ほどしか埋まっていない。ネットでどこの映画館でやっているか探したが、どこもない。焦りましたね。もうどこも終わってしまったのかと思った。諦めて一度パソコンから離れたが、はっと気がついた。題名が違うのではないかと。そこであらためて探したら、今日が最終日。なんとか間に合いました。いつもながらあのおかしな判らない題名、なんとかならんか。
霍元甲は清朝末期の武闘家で、若いころ気功をやりすぎて肺を痛め、それが治らず、若くして亡くなった。43歳だったかな。ところがブルースリーのとき、日本人に毒殺されたという創作がヒットして、それ以来、毒殺とするようになった。そのため本当に日本人に毒殺されたと思っている中国人が多いらしい。「中華英雄伝」では肺の病のために毎日飲んでいる薬の中に、毒を混ぜられたという設定になっていた。犯人はわからないままだか、清朝のスパイのようだった。
今回の映画は、日本人の毒殺説に戻った。ただし、やり方は試合の途中での休みに飲むお茶の中に毒を盛る設定になった。
当時の日本人がそんなことを考えるかねえ。毒を盛るというのは中国人の独特の考え方だと思うのだが。封建時代の中国は、日本の切腹に相当するのが服毒だった。「毒を賜る」という。もっとも中国人に接している日本人は、そんな知恵が有ってもおかしくない。
今回の日本人武闘家は、物腰や刀の持ち方が日本人らしかった。俳優は中村獅童、実をいえばわたしは初めて見た。
これが毒を盛った人に向かって、「おまえは日本人の恥だ」と言ったところで映画は終わる。
映画は、霍元甲は若いころ格闘家として天津一になるのを目標に見栄を張った生活をして、よってくる武闘家(破落戸が多いようだ)に見境もなく奢って、破産状態になる。妻はかなり前になくなっていたが、小さい娘が一人いた。その娘や母を殺され、家を出ることになる。そして少数民族の老婆とその孫娘の世話になり、今までの生活を悔いあらためる。そこはどこなのだろう。稲作農村なので、南方雲南省あたりか。このあたりの描写は白眉である。
天津に戻ると、友人の援助によって、家はもとのままで、執事が一人で守っていた。その友人の援助によって、武闘家として再出発できた。上海で国辱的な話があり、それと戦うために上海に行く。そこで道場を開くが、半年ほどで試合の途中で毒を盛られ亡くなる。
中華英雄伝の霍元甲とは別人ではないかと思うほど話が違う。真実はどちらに近いのだろう。ひとには勧めないが、見る価値はあったと思う。
上海の国辱的な話も(西洋の格闘家が中国は“東亜病夫”と言った)、日本のプロレスや格闘技ファンなら何度も見ているような話である。今ならばそんな煽情記事に乗るのも大人げないと思うが、当時の中国の状態は革命前夜であり、外国に蹂躙されていて、庶民は犬猫なみに扱われていたので、霍元甲の反応も仕方がなかっただろう。
今回、わたしが気になったのは刀(かたな)の動き。まるで中国の刀(とう)のような動きだった。
日本刀であの動きをすれば間違いなく鐔元から折れる。その欠点があるため日本刀は武器としては役に立たなかったという。
それにしても当時は真剣で試合をしたのですね。武侠小説では稽古さえ真剣を用いる。木刀のようなものはなかったのか。
主なメッセージは「戦いとはなにか」から「戦いでは解決できない」であろうか。たとえば父親は格闘技の大家であったが、勝っている勝負を寸止めにしたため逆に命を落とすことになる。霍元甲の場合は、寸止めで勝負を決めている。それだけ異種格闘技としての競技性が出てきた。
「武術で殺し合うのはをやめようではないか」と。日本の時代劇はほとんどがそうなので、特別なことには思えないが、中国映画では珍しいらしい。ほとんどは長年修行して敵討ちをする話ばかりだという。わたしには金庸小説はそうではないと思えるのだが。
そういえば従来は、金庸以外は「勝ったぞ! 万歳!」ばかりだった。それから一歩抜け出たか。