2006年05月01日

雲南憧憬 9 麗江

うんなんしょうけい 9 れいこう

 大理は一泊で麗江に向かう。
 旅行者の中には、「もう中国には飽きた。帰りたい」と言う人も何人かいた。

 ヨン様(添乗員)も「8日間は長すぎますか」などと言って、わたしの方を見た。
「わたしなら大理だけで三泊したい、それくらいないと見きれない」
 半日で飽きたと言う人は呆れていた。
「見るところなんて、もうないじゃない」
 天龍八部の撮影所を一日かけて見たいなんて、オタクに近いのかな。もっともみんな金庸を知らないから。
 麗江までバスで4時間以上。ガイドは任さん一人になる。
 左手に蒼山の山脈が、屏風のようにそびえている。
 蒼山は19の峰がある。その最高点は4122m、峰の上には万年雪があり、「炎天に雪が溶けず」という。ハイキングコースもある。魅力的なんだが…。
 それらの峰の間には一本ずつ18本の川が洱海に注いでいる。
 蒼山の麓には多くのぺー族の町があった。
 麗江への中間あたりでドライブインにはいる。
 トイレを使い、茶を飲み、そこにある林檎や落花生を食べる。一応無料。(全体で払っているかも知れない)
 リンゴは小さいが味は悪くない(不錯)。各自リンゴを剥くのだが、現地の人か若い女性が、ナイフを逆にしていた。刃を外側に向けている。
 落花生は小さくて不揃い。選別はもちろんしていないが、土地の条件からこのようになったのではないか。
 任さんの声は聞きやすい。今までのバスではマイクを通した音声は音質が悪く「ポポーポポポポー」となってしまう。このバスはそれがなかったのだ。

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 麗江はナシ(納西)族自治県の中心地。街の北側には玉龍雪山がそびえている。高さ5596メートル。麗江そのものが2400メートルの高地である。古い街並みを残した麗江故城は世界遺産になっている。
 なお、隣接地に古い街を模写した新しい街を作っていた。間もなく麗江の街は更に大きくなることになろう。もちろんこの古い街並みとは別に普通の市街地がある。世界遺産に指定されてから規模を大きくするため大分手を入れたらしい。
 ナシ(納西)族は、ここ雲南省の麗江と四川省の一部に住んでいる。人口は約28万人。ナシ語を話す。トンパ文字でも有名だ。
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 麗江は綺麗な水が流れている。この水には魚もいる。食器を洗う人も見た。

♪♪夜明け待たずに帰る人 瀬音切ない螢川♪♪ (藤あや子 源氏物語より)

 わたしはカレがいますが…。
 という任さんの話からナシ族の婚姻の形態の話になった。本来ナシ族は夜這いの習慣があり、男は娶らず、女は嫁せず、財産は女が相続し、男では借金もできないという。
もっとも、夜這いと通い婚は少し違うが、そこまで詳しくは訊かなかった。
「あなたが結婚するときは、新婚旅行に日本に来ませんか」
「新婚旅行の習慣は無いですよ」
 愚問であった。
「それに日本に行くのは、行くだけで30万円(日本円)もします。小遣いなども入れると、とても行けません」
 普通の人の年収くらい必要であった。
 母親は学校で国語の先生をしている。月給は2万円を越える。先生としては高給な方だが、国語では塾の先生になれないため余禄がない。
 日本語はハルピンの大学で日本人の先生から学んだという。麗江からハルピンまで留学したのだ。日本人とほとんど変わらず話ができる。
 情に流れず、ガイドに徹する。
 たとえば「高いものは買わないようにして下さい、品質が悪くても交換できませんから」
土産物屋はともかく、地元の商店街に案内してこう言う。
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 この建物は新しい。

 世界には文明と言われる地域と文化と呼ばれる地域がある。日本は日本文化といっても、日本文明とはいわない。厳密にどう区別するかは知らないが、その一つの手がかりは独自の文字である。
 仮名文字は漢字を基にしたし、ハングルはもちろん漢字を知っている人が創作した。
 文字という概念が全く無かった民族が文字を創作する、それが文明である。漢字をはじめ、エジプトの象形文字とか、マヤの文字、アルファベット(これは先行した文字があったらしいが)など10にも満たない。その一つがトンパ文字であるという人もいた。
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 トンパ(東巴)文字。
 トンパ文字はナシ族に伝わる象形文字である。約1400の単字からなり、現在世界で唯一の「生きた象形文字」とされる。実際はお祭りなど特別な場合にしか使わない。
 文字は千年ほど前から伝わるらしいのだが、すでに漢字の存在を知っていたはずだ。独自説は褒めすぎ。

 トンパ教という宗教がある。そのシャーマンをトンパという。このトンパは数十人しかいなくなり(30人以下という説も)、伝承が途絶える心配が出てきている。

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 木府
 ナシ族の首領ムー(木)氏の行政府でもあり私邸でもある。
 木府も文化大革命の時には破壊されてしまい、現在の建造物は、麗江が世界遺産に指定された1997年に復元されたという。
 木府は後背地も含めかなり広い。その高みからは麗江の街が一望できる。
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 故城は城壁がない。山に囲まれているので必要なかったのであろう。四方街はその中心であり、ナシ族の老人が民族衣装でダンスをしている。政府の補助による。観光の精神的中心になる。
 なお、店先にいる民族衣装の人と写真を撮ったりするときは、「1〜2元上げて下さい」
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 玉龍雪山は高さ5596メートル。この地方のシンボルである。
 ここまで綺麗に見えたのは珍しいと言っていた。
 翌日は曇りだったが、この山は見えた。それほど街からは近い。
 この山の向こうにシャングリラ(香格里拉)がある。桃源郷や理想社会の代名詞とっているが、1990年代に、雲南の廸慶という町がシャングリラとされた。観光用の創名である。
 わたしは小説によってこの名を知ったのであり、数年前にこの地方がモデルとされたという説を知った。
 任さんは「自分の愛した土地がその人にとってのシャングリラであり、わたしには麗江の街がシャングリラです」

 本来「シャングリラ」とはイギリスの有名な小説家ジェームス・ヒルトンが1933年に小説「失われた地平線」の中に書いた中国西南部のチベット地域にある平和で安静な土地のこと。

「失われた地平線」について
 30年以上前に読んだので曖昧であるが、追記する。年数は違っていたかも知れません。
 イギリスの探検家が、インド側からヒマラヤをこえて、ある山村に入った。そこはシャングリラという穏和な理想郷であった。
 そこで歓迎される。ピアノもあって、曲を聴くが、それがショパンであった。
 音楽に詳しい探検家は、ショパンナンバーはすべて知っていた。その中にない初めて聴く曲なのにショパンに間違いない。
 100年(?)も前になくなった作曲家の未発表の曲である。
 お定まりで、探検家は現地の女と恋に陥る。女はずっとシャングリラで暮らしていたにもかかわらず、150年(?)も前のことまで知っていた。探検家は、二人でそこを逃げて下界で暮らそうと、渋る女を説得する。
 そして二人で山を下りるのだが、下りるにつれて、女は老化していく。そして下まで来たときは…。
 現在ならホラー映画になるだろうか。
 

 この街に、ナシ族の劇場があった。一人2000円。昼のうちに予約して夕食後に見に行った。
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 素朴な民族劇らしい劇や音楽で、見てよかったと思う。
 厚着をしていったがそれでも寒い。昼間は日陰を歩いたほど暑かったので寒さに驚く。
 主演は89歳翁、人間国宝的な人である。後ろに並んでいる演奏者は高齢者ばかりであった。

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 激しい動きのある踊りは若い人たち。
 左側は文字が見える。これで今何を表しているのか判る。

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 マールー(馬鹿)を奏する女。弦は数本あるので、思った以上に複雑な音が出る。
口琴は、アイヌにもあり、台湾の高山族にもある。
 途中で李後主の詞らしきものが歌われた。最後の言葉が、「天上人間」。「浪陶沙令」だったのだろうか。前の方の言葉が判らなくては断定できない。
 任さんに訊いた。
「李後主がここでも知られているんですか」
「もちろん有名です。誰でも知っていますよ」
 後でふっと思ったが、任さんの答えは「今では…」だったのかも知れない。わたしはトンパ文化の一部として、李後主の詞があるのかどうか訊いたのだが。

 翌日は黒龍潭公園を見学する。五鳳楼やトンパ文化研究所などが園内にある。
 玉泉公園の異名があるように、公園の池の一画で滾々と水がわき出している。付近の人はここまで水を汲みに来る。中国では珍しい水に恵まれた街であった。
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 五鳳楼にふれておこう。
 中国では龍は皇帝の象徴、鳳は皇后の象徴であった。そしてここ麗江はナシ族の女の国である。それなら園の支配者は鳳となる。正面の兵士の像は、昨晩劇場で見た、ナシ族の伝説上の救世主である。
posted by たくせん(謫仙) at 08:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 雲南憧憬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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