2010年10月17日

横店影視城−明清民居博覧城(後)

岡崎由美先生と行く中国の旅
横店影視城と金庸ゆかりの地を訪ねる 14

 門の中に戻って、ここで二班に分かれる。わたしや岡崎先生など6人はここに残り、さらに詳しく見ることにする。他の人たちは秦王宮に再び行く。ここの門前で集合することになる。
 わたしは岡崎先生を含めて4人で見学することになった。2人の姉妹は別行動となる。今度は歩いて見に行く。

P9053767.JPG
 江南貢院は、岡崎先生が期待していたところ。中身は何もなかった(と言っていいのかな)。「だから先ほど案内しなかったのだ」
 南京の、夫子廟と対になる建物で、宋の時代にできた科挙の試験場。最盛期には、中国最大の試験場であったという。
 ウイキではここから出た官として、施耐庵、呉承恩、李鴻章などの名を上げている。
  施耐庵−水滸伝の作者と伝わる。
  呉承恩−西遊記の作者と伝わる。
   
P9053768.JPG
 なかなかに風情のある江南の風景。そこの正面に場違いな建物がある。
 阿九が登場した秦淮河はここらしい。

P9053773.JPG
 遊郭か。

 円明園の模型を見る。横店グループが再現しようとしている円明園だ。紫禁城よりはるかに大きいので、できるのか。

P9053746.JPG
 これは前回、つまりみんなで見たもの。灯りは水辺。これは駆け足で見たりなかったので、もう一度見ることになった。

P9053776.JPG P9053779.JPG  横800ピクセル
 円明園の模型を違う場所から見る。水辺を表す灯りは消えていた。地形の縮尺と建物の縮尺は違うので注意。

P9053783.JPG
 土楼を見学することにする。土楼は、アメリカ軍がミサイル基地と勘違いしたことで有名になった。福建の客家(ハッカ)の集合住宅だ。わたしがここでもっとも期待したところ。
 突き当たりを左に回ると、入り口があった。ただし、そこは裏口で、右の方が正しい入り口。
 工事現場のようで、岡崎先生が入っていいのか訊いた。方言がひどく、岡崎先生も勘違いしたほど。去りかけたところ。声がかかって入ることに。そこでようやく岡崎先生も聞き間違いに気が付いた。
 実際に江南と普通話では外国語のように中国人同士でも通じない。

P9053785.JPG
 四階建てだった。二階に上がる。こういう円形の建物は造るのが難しく、多くは四角い家になっている。円形の家は地震に強く、見直されたりしたが、結局若い人は外に出てしまい、高齢者ばかりの家になってしまったのが現実。

P9053787.JPG
 円形は二重になっていた。

 P9053786.JPG
 伝説の美女、花木蘭(かもくらん)の像。長い間戦場を駆けめぐり、女だとばれなかった。「だから、もし実在の人物なら、お顔の方は……」。イエわたしが言ったのではありませんよ。
 各部屋にはこんな像や絵画(の印刷物)が飾られていた。これで見るように奥は浅い。一部屋は小さな空間だ。
 あたりまえだが、上下水道やガスなどの生活インフラが整っていなくて、若い人には住みにくいところ。もちろん高齢者にも住みにくい。

P9053791.JPG
 一階正面には廟がある。「開天闢地」は何派の技だったか。
 そろそろ時間だ。普通に歩いて門前まで行くと、間もなくバスが来た。
posted by たくせん(謫仙) at 09:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 江南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック