2010年09月25日

雲松書舎再び

岡崎由美先生と行く中国の旅
横店影視城と金庸ゆかりの地を訪ねる 7

 昼食後は雲松書舎に行く。三年前にも行ったところ。
参考: 杭州 1 雲松書舎

P9033500.JPG
 外観は変わらないが、形は同じでも実質は変わってしまった。
 事前に、レストランに変わってしまったと聞いていたが、営業している様子はない。
 耕耘軒にあった対連が門にある。正面の白壁は衝立のような隠し塀、隠し塀の両脇を通って中に入る。

P9033501-1.JPG  たて800ピクセル。
 一目見て気が付いたのは左上の棋室が品茗軒に変わってしまったこと。「品茗」とは上品な茶を味わうという意味。
   
P9033503.JPG
 耕耘軒の前は八卦の形に溝があったが、板で蓋がされている。左側が耕耘軒、右が門の方向。

P9033504.JPG
 耕耘軒の対連も換わっていた。

P9033506.JPG
 池沿いの回廊を通って母屋の松風名月楼に向かう。
 松風名月楼の二階は寝室も普通の部屋になり、パニックルームはなくなっていた。そのドアになる本箱もない。

P9033509.JPG
 書斎の賞心斎は本棚や机はもとのままだったが、その前に大きな碁盤が二面あった。
 白石黒石の碁笥が一つずつ。

P9033512.JPG
 左二つは普通に置いたもの、右の二つはひっくり返したもの。下側が平であることが判る。前回撮りそこねたので撮ってみた。
 碁石の大きさは普通の大きさ。この碁盤では実用にはならない。

P9033510.JPG
 実際に置いてみるとこんな感じ。

P9033514.JPG
 池のむこうに耕耘軒。

P9033515.JPG
 松風名月楼は外観もレストランらしき様子はない。イベントの貸し部屋ではないかと推察。
「金庸先生から寄附されたが、維持にお金がかかり……」というのがガイドの説明だ。もともと土地は市から寄附されたもので、金庸さんは別荘を建てたものの、一泊しかしていない。実質は家を建てそのまま市に寄附したようなもの。
 もはや、金庸迷の行くところではない。
 塩官の金庸書城が金庸迷の聖地となるか。

 このあと、西湖に行き遊覧船に乗ったが、前の旅行で西湖を詳しく解説しているので省略する。
posted by たくせん(謫仙) at 07:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 江南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック