2010年09月19日

金庸書城

岡崎由美先生と行く中国の旅
横店影視城と金庸ゆかりの地を訪ねる 5

 海神廟を出てすぐ近くに金庸書城がある。広さは幅五十メートル、奥行き七十メートルほど。
 9月22日完成予定だが、間に合うか。もちろん普通はまだ見ることはできないが、岡崎先生の顔(!)で見学することに。

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 白い塀に囲まれた金庸書城、ここが入り口。なんと取材班が待っていた。

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 内側にもうひとつの塀、その間を通って突き当たりの次の門まで五十メートルほど。最初の入り口の方向が悪かったと言うべきか。北側から入るが、家としての門は南におく。

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 レリーフは作成中。これは「連城訣」。狄雲が左上の水笙(女侠)の馬に踏まれて足を骨折するところ。このときすでに右手の5本の指はなかった。修正されるか。

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 「天龍八部」、聚賢荘で簫峯が中原の英雄女侠たちと決別するところ。

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「秘曲笑傲江湖」、これはまだなんだか判らない。
「神G侠侶」もあったが、小龍女が筋骨隆々としていたので、カメラを向けることができなかった。それこそ撮っておきたかったのに。

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 この道を突き当たると門になっており、そこを入って右に曲がると、さらに道が続き、途中右手に金庸書院の門がある。左手は庭園になっている。

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 振り返ると…、つまり作業中です。

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 この門をくぐるのは、最初の入り口から見ると、180度向きを変えて戻ってくることになる。

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 最初の建物は門だろう。柱には例の対連が立つことになるか。

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 次の建物。これが本屋で、ここに本が収められるはず。最初の入り口の右側の建物であるが最奥になる。
 これが中国の普通の書院とはいえ、わたしなどはつい「大げさな」と思ってしまう。こんな広大な敷地と建物で、収める本は53冊、ということはないだろうな。
 中国ではよく、資産家が出版を行い、図書を整備し、その地方の文化を維持する。本来は国なり自治体などがやるべき仕事だが、それを個人でやる人が出る。
 寧波の天一閣 のような話だ。ここもそのような位置づけになるか。

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 扉にも小説の場面が続く。

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 ぐるっと回って、「書院入口」の入るのとは反対側(南側)の庭園に出る。

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 中央には四阿(あずまや)がある。ここには取材班が先回りしていた。この亭で本の贈呈式が行われた。

 岡崎先生は自ら翻訳した、文庫の鹿鼎記8冊と書剣恩仇録4冊を持参し贈呈。国際的には最初の贈書になる。

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 これは塩官のインターネット(塩官旅游網)に載ったもの。
 同趣旨の記事が、嘉興新聞などにもあった。
 これが金庸さんの最後の個人文化事業になるかも知れない。
 日本では司馬遼太郎の蔵書が一つの図書館におさまったが、ここは図書の収納ばかりでなく伝統的な建物や庭園まで作ってしまうのだ。水のある庭は書城にはつきもの。
 こうなると、本を見ずに建物や庭園を見て終わりにしてしまう観光客ばかりになるかも知れない(つまり、わたしのような)。

 古い話に、きれいな箱に入れて宝石を贈ったところ、宝石は除けて、箱ばかりを愛でたと言う話がある。これでは宝石を贈ったとはいえない。
 中国古代の有力者の娘の嫁入りには、侍女のような女(もしもの時の代理、妹であったりする)も一緒について行った。ある男はその女ばかり愛して嫁には見向きもしなかった。これでは嫁入りしたとはいえない。

 おそらく、ここには金庸さんの書いた本ばかりでなく、金庸さんの蔵書も収められ、さらに武侠関係の本が集められるのではないか。場合によっては出版も行うだろう。書城であることを忘れないで欲しい。

 未完の金庸書城の報告でした。
    参考: ここには動画を入れておいたのですが、尖閣列島問題以後、見にくくなり、実際には見ることができないのと同様です。それで消しました。理由は判りません。
posted by たくせん(謫仙) at 07:24| Comment(6) | TrackBack(0) | 江南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
中国では本を持つのは大金持だけですね。
科挙に合格するのは大金持ちの息子だけというのも、このようにして本を集め勉学できるから。
それだけの本を集められる人は、当然これくらいの家屋を持つ人でしょう。
わたしたち日本人が見て異様でも、中国では普通のことなのだと思えます。
まだ未完のうちに、見学できたのはうらやましい(笑)。次の人はもう見ることのできない様子ですから。
でも図書館として中国の人たちが利用しますか。
Posted by mino at 2010年09月19日 16:43
minoさん
はい、その通りで、わたしの言いたいことを全部言ってくれています。(^。^)(^。^)。
図書館として、中国人が使うか。
これは運用次第でしょう。役に立つなら遠慮せず使います。杭州の本屋に入ったときのこと、参考書の一画で大勢の若い人が床に座り込み、ノートを広げ、本を置き写しています。この迫力は日本にはありません。もちろん日本では、床に座り込んで書き写していては、本屋さんに叱られることでしょう。
そのくらいなので、金庸書城が役に立つなら使われます。ただ見学料をとるかなあ。そうなると、使いにくくなりますね。
Posted by 謫仙 at 2010年09月19日 18:56
笑傲江湖のレリーフは、華山・思過崖での令狐冲と田伯光だと思います。

金庸書城は、著作や関係する書物、金学の書籍などを納めるだけでなく、歴史や文学そして金学の研究施設も一緒に入るようです。
金庸書院とある名前が金庸書城となる?のは、もしかしたら金庸さんが書院なんて大それたものではなく書城くらいにしてくれ、と言ったのかもしれませんね。
Posted by 八雲慶次郎 at 2010年09月20日 00:04
>笑傲江湖のレリーフは、華山・思過崖での令狐冲と田伯光
なるほど、そう見えます。できあがったときは、どんな色になることか。壁と同じ白がふさわしいと思います。

書院は建物で庭園を含めて全体が書城かなと思いました。院・府・軒・舎などどう使い分けるのか。
院は格式が高そう。いよいら明後日9月22日完成ですねえ。
Posted by 謫仙 at 2010年09月20日 08:41
あるものが無い  認証コードを間違えたかな(笑)

岡崎先生って、美人なんですねって書いたのですが(笑)

レリーフや彫刻で物語を方の枯れるファンにはたまらないでしょうね。

こうした、図書館を、入れ物だけと考えず、建物や庭園まで作ってしまう。
余裕ですね。
たた、観光地化してとなると、ちょっと考えてしまいますが・・・
Posted by オコジョ at 2010年09月23日 17:15
オコジョさん
目的が観光地化であることは間違いないでしょう。
ただ金庸さんは、図書のための建物をかなり前から考えていました。
それと、市の観光地が一致したのではないか。費用だけなら財閥の金庸さんにとって、負担できない金額ではありませんから。
かなり充実した内容になりそうです。
Posted by 謫仙 at 2010年09月24日 07:09
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