2010年09月17日

海神廟

岡崎由美先生と行く中国の旅
横店影視城と金庸ゆかりの地を訪ねる 4

 海寧州城門近くからバスに乗ると、すぐに海神廟に至る。海神廟も城内なのだ。もちろん書剣恩仇録にも出てくる(乾隆帝が建立し、その裏手に陳家洛の母の墓がある。堤防のそば。実際は堤防から門まで200メートル以上あり、裏手となれば400メートルほどになる。このくらいなら当時は堤防のそばであろう)。駐車場が不便なので少し歩く。

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 写真では壕は見えないが、壕を隔てて海神廟の山門を見る。本来は壕のこちら側にも門があり塀があった。
 宮殿式の建築であり廟宮ともいう。元は敷地はかなり大きかったが、両側が削られ、半分ほどに縮小されている。
 白い門柱や獅子像は白玉である。当時、玉(ぎょく)は皇帝が独占した。これだけで格式の高い廟であることが判る。
   
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 山門を入ると、次の門。

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 ここが本殿

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 主神はどのような位置づけか(書剣恩仇録では、父親陳閣老に生き写し)。

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 左右には銭鏐と伍子胥。
注:呉越王銭鏐(せんりゅう)については 杭州 5 六和塔 参照
 それにしても、伍子胥は海嘯に関係していたか?

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 天井は、中央に竜、まわりに鳳凰。

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 本殿の後ろには碑亭。

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 雍正乾隆御碑 両側に書かれている。

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 本殿を後ろ側から。
(陳家洛の母は潮生という、8月18日の生まれだから。この日銭塘江の海嘯はもっとも高くなる。陳家洛と乾隆帝は門から馬に乗って堤防まで行く。それなりの距離があることになる)
   …………………………
 
 今回は記事が短いのでニュースを一つ。

     たこ焼き屋 老頑童 開店!
 ホテルで同室のソラさんが会社を辞めて、たこ焼き屋を開きました。車を改造して屋台にしました。
 屋号は「老頑童」、そのまま「ろうがんどう」と読みます。赤毛のアンが好きな好青年と老頑童とはイメージが一致しませんが、親しまれることでしょう。
 保健所に届け出たら、「これはなんと読むンですか」と首をひねっていたと言います。
 その看板絵を八雲関西幇主が書いて、初日の夕食の時にみなに披露しました。激励のカンパを集めたものの、本人は気にして、夕食のビールなどに化けてしまったようです。
 看板ができあがるのはさらに二週間ほどかかりそう、という話が先日ありました。

 営業地は三重県津市の駅近くの予定。もしそちらに行くことがあったら、食べてみてください。
posted by たくせん(謫仙) at 08:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 江南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
老頑童を紹介して頂き有難う御座います。
ただ出店場所は車なので、あっち行ったりこっち行ったり
不定期になりがちですね。

写真で改めて見ても凄く良い天気。
関係無さそうな所で伍子胥が拝めたのは伍子胥好きの僕としては
嬉しかったです。
Posted by ソラ at 2010年09月20日 23:28
店の場所が不定なので、見たら幸運と言うところでしょうか。あの看板は目立つと思いますよ。
伍子胥はどういう意味なんでしょうね。書剣恩仇録によれば、
東殿に海神伍子胥と文種。西殿に呉越王銭鏐(せんりゅう・せんびゅう)。中殿に父親そっくりの像。
となっています。

水神伍子胥、伝説はいろいろあるようです。主神はマソかなあ。
今は削られた左右の土地に東殿・西殿が有って、そこに祀ってあったのを、中殿に集めたようです。
Posted by 謫仙 at 2010年09月22日 07:45
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