2010年09月10日

嘉興 煙雨楼

岡崎由美先生と行く中国の旅
横店影視城と金庸ゆかりの地を訪ねる 1
 10年9月2日〜6日
訪問都市 嘉興 海寧 横店 杭州

 4月14日に書いた「武侠の旅」に行ってきた。岡崎先生と添乗員を除けば14名の参加者である。
 今回は全て成田発なので、関西からの参加者は前日に成田に泊まった。
 今回は酷暑の旅でもある。東京では毎日のように気温が35度近くまで上がっていた。江南はさらに暑い土地。
 成田から上海まで約3時間、海の色が茶色に変わったところで上海が近いことを知る。長江や銭塘江の流し出す砂で海の色が変わっているのだ。「S」字を書くように降下して上海空港に着陸する。
 待っていたバスに乗り込むと、すぐに嘉興に向かって出発。上海市内を避けて行く。景色は上海の発展ぶりを示しているが、写真は一枚もない。
 昼食は機内食だったので、途中で嘉興の粽(ちまき)を食べた。楊過が粽を食べて江南を思うシーンがあった。あの江南の粽である。
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 五芳齋は味も独特な老舗らしい。この粽はくるんではいない。まるでおむすびのように大きくて三角で裸だった。
   
 嘉興もそれなりに発達した地方都市だ。浙江省は富んだところ。中国の金持ちの60%だか80%だかが浙江省人だという。上海市内の新しいマンションはほとんど投機目的で浙江省人に買い占められているとか。
 さて最初の目的地、嘉興の南湖のほとりにいたる。

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 ここで南湖の湖心島に渡る券を購入。歩いて船の乗り場に向かう。

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 酔仙楼
 金庸小説「射G英雄伝」で、郭靖が十八歳(18年後なので、実際は17歳)になったら三月二十四日にこの酔仙楼に来る約束が、郭靖が生まれる前に、江南七怪と丘処機の間で交わされていた。ただし、この酔仙楼に来る前に金の燕京(現在の北京)で解決してしまう。しかし、別なところで別な人たちと、八月十五日に嘉興の煙雨楼で戦う約束ができた。
 煙雨楼の戦いは、金軍に襲われ濃い霧の中をバラバラに逃げることになる。当時は煙雨楼は湖畔にあった。

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 わたしたちは、船に乗って煙雨楼のある湖心島に渡る。
 ご承知と思うが、唐詩などに煙の字があったら霧の意味である。

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 船を下りると目の前に清輝堂の文字がある(清朝ゆかりのような説明があったが、検索しても出てこない)。乾隆帝の詩碑もある。乾隆帝がわざわざ来るほどの景色でもないか。ここから入って、煙雨楼の前に出る。

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煙雨楼
 前の庭は狭い。
 煙雨楼の建立は古く五代のころ(940)。1130年、金によって壊される。
 嘉定年間(1208〜1224)に再建される。元の末期に兵火で壊される。
 1548年(明代)に人工の島を造り、1549年に島に再建。
 1571年に壊れて、1582年と1600年に修理。1632年にはこの地の知事が修理。
 明末にも戦火にあう。1685年(康煕帝のとき)に再建。
 1864年、太平天国の乱で戦火を浴びる。1918年再建。
 1921年、第一回共産党大会が開かれた(ここか、近辺か)。
 2001年、国家重要文物指定。2004〜2005年に整備して公開する。

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 一階の中央 分煙話雨
 雨の字に点が足りない。二階に上がる。

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 目の下は湖中湖といったおもむき。
 嘉興は高層ビルの建ち並ぶ都市である。

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 二階の額は「湖天一覧」

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 煙雨楼以外にもいろいろと建物がある。

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P9023339.JPG サムネイルにした。横800ピクセル。
 前の堤防から見上げる煙雨楼。

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訪踪亭
この島は、初期共産党にも関係しているが、詳しいことは知らない。碑には「革命……」

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島を守っている?

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 菱の実
 青い実は料理に使う。隣には栗のような色をした干した菱の実がある。それはおやつ。味は椎の実に似ているかな、殻が固くてかなり食べづらい。
posted by たくせん(謫仙) at 09:33| Comment(4) | TrackBack(0) | 江南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お帰りなさい、
恒例の岡崎由美先生と行く中国の旅、楽しんでこられたようですね。
古い建物と池の向こうは近代都市、中国らしいですね。

上海は一度だけいったことがあります。
浙江省には私のいた会社の工場も有るのですが、
そちらは行ったことがなく、新昌市という町の客先へ・・・
ところのいっても、仕事で空港から車で、2時間か
3時間くらいの浙江省新昌市へ往復・・・
新昌には大仏寺という名所が有るそうですが、
一週間、仕事が終わるととんぼ返り・・・
嘉興は新昌への途中ですね。

平で広い一面の菜の花の一直線の道しか記憶に有りません。
Posted by オコジョ at 2010年09月11日 09:53
オコジョさん
これで三回目、恒例となってしまいましたね。(^。^))
今回も内容が濃い旅となりました。
いくつかは、時間が早かったり、公開していなかったりするのを、岡崎先生の顔で見せてもらいました。
旅行社が「こういう人だから」と言って開けて貰ったようです。

古い街とはいえ、新興の街でもあり、現代中国のもっとも突出している地方なので、中国独特の貧しさは感じませんでした。オコジョさんが行ったころはまだ貧しさが残っていたころでしょう。

わたしは老いたせいか、その変化には目が回りそうです。それでも楽しい旅行でした。
Posted by 謫仙 at 2010年09月11日 21:23
煙雨楼、本当にあるんですね!
江南の風景、とても素敵です!
今回は参加できなくて、本当に残念でした。
Posted by 阿吉 at 2010年09月25日 16:03
阿吉さん。お帰りなさい。
煙雨楼ばかりでなく、実在の架空の場所(日本語になっている?)がありますので、かなり濃い内容でした。それも一人旅では絶対に行けそうもない所が多かった。
まだ紀行文は終わりません。最後まで飽きずに読んでください(^。^))。
Posted by 謫仙 at 2010年09月26日 17:37
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