2009年11月30日

生死決

香港映画 生死決   監督 程小東 1983
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 広東語であろうか。 まず日本の忍者の集団が出てくる。秘伝書のようなものを盗もうとして、少林寺(海が出てくるので福建少林寺か)と戦闘が行われるのだが、刀の使い方が剣のようだ。
 そして忍者たちは自決してしまう。初めから計画していたようだ。あり得ないなあ。日本側の寺は金閣寺(爆)。
 戦いに来る予定の日本人が宮本一郎。柳生新陰派千人から選ばれた。宮本武蔵は柳生とは相容れない仲なんだが(^_^)。そして先に来ていたのが金田八。これは姓か姓名か。
  
 日本ではこどもたちが竹刀で訓練しているのだが、竹刀の持ち方動かし方が出鱈目。程小東は日本の剣道を知らないとみた。剣道というが剣ではなく刀術であり、剣とはまるで動かし方が違うのだ。
 それから竹刀はこのころあったのかな。
 武士が4人座っているだが、ウップ。
 忍者たちが刀を背負ったまま(!)、畳の上(!)で、主君の命を聞いている。
そのあと大勢の武士が踊り、そして乾杯する。それがなんと立ったまま(!)、銚子から(!)ラッパ飲み(!)。杯を干すから乾杯と言うんだ。その前にせめて燗は銚子ではなくチロリでしてくれ(^_^)。だいたいその当時燗にする習慣があったか。
戦わないが故に不敗であった柳生が、戦いのために福建に行くとは。それなら江戸初期と言うことになるか。
 そして、盗んだ秘伝書を隠してあったところに忍者軍が来る。それが水から来るのだが、派手に水音をさせて…。静かに目立たないようにくるのが当然だろう。
 最後の決戦にのぞむ宮本がなんと浴衣(^。^)。仁義などの文字が入っている。着流しのつもりと思われる。いつもの着物の方が動きやすかろうに。これではまるで任侠路線。
 日本のことを詳しく知らないで作っているに違いない。それで日本から見るとギャグマンガの映画化(爆)。できは、お金を出して見るほどのものではない。
 農家の柱に、トウモロコシを鈴なりに吊してあったりする。今年の夏に雲南を旅行したら、雲南の民家の風習だという。日本でもそうだと勘違いしたのか。だいたい、このころの日本にトウモロコシがあったか。戦国時代に日本に入ったものの、本格的に栽培されるようになったのは明治になってからだ。
 中国側はけっこう深みがあるので、南北決戦にしたらよかった。とはいってもそれは作られているので、鎖国の日本を出したのかな。ここでは鎖国していないが。

 なお、松平伊豆の守の名も出てくるので江戸時代初期と見たいが、そのころの中国は明末。動乱の時代である。清になっていれば弁髪満州服になるはずだが、そうなっていない。
 福建少林寺のできたのは、清朝(1644〜)になって、九十年後のころ(1735年ころ)。だだし、福建少林寺は伝説で、実在はしなかった。それにしても服装(満州服ではない)と福建少林寺の存在は矛盾する。どうせ実在しないなら、明の時代にもってきてもかまわないか。それなら柳生が戦うことも理解できる。ただし、このような私闘はしない。
 興味深いのは宮本が理想の武士として扱われていること。それ以外の日本人は日中戦争の尾を引いている。主役はこの宮本。戦いのシーンは迫力がある。それだけに珍しい作品だ。

 こうしてツッコミを入れながら見るのが、正しい武侠映画の鑑賞法(爆)。
posted by たくせん(謫仙) at 07:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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