2009年09月22日

天龍八部の旅13 麗江古城

 世界文化遺産の街、麗江再訪である。
 この街は問題が出てきている。前回に書いたが、観光投資として新しい‘老街’を作り出していき、世界文化遺産取り消し通告まで受けているようだ。まあ正式な通知ではないだろうが、「いい加減にしなさい」ということらしい。
 世界文化遺産は老街であって新街ではない。形は似ていて、観光客には判らないとはいうものの、新街まで世界文化遺産のふりをしているのが問題だ。ただし、この話は確認していない。街の噂程度に思ってほしい。
 
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 この右の細い路地を入っていく。

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 この水車は水の汲み上げかな。
 北方玉泉公園から流れてきた水は、南に流れながらも、ここで三筋に別れ街を潤す。水が流れていたら、上流へ向かえばここに着く。ここを万一の集合場所とする。ホテルは川の上流のすぐ近く。ここはホテル前と言ってもいいところ。ホテルの部屋のカードは各人が持っている。
  
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 この細い道が世界遺産の中心。新華街。
 新華街散策かと思っていると、すぐ右にまがり、急階段を登る。道は細い。車は通れないだろう。新しい街だという。旧街があまりにも高家賃になり、生活できなくなって、こちらに引っ越した人が多いという。


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 瓦屋根が一望できる。
 もう一カ所木府の奥からも町を展望できる。それは前回の麗江を参照。

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 桃花島を発見、一気に盛り上がってしまう。
 麗江の山の上に桃花島と名付けて店を構えるアイディアに脱帽。こんな所で止まってしまう我々にガイドの顔は呆れ気味。店の人が、こちらを見てにこっとするので、こちらは包拳の礼で通り過ぎる。

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 旧街に下りる。

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 間もなく四方街、老街の中心となる広場。前回来たときは、ここで、大勢の人が円になって、ダンスをしていたが、今では禁止らしい。05年は推奨していた。
 前には、毎週水路を止めてこの広場に水を溢れさせ、掃除をしていたという。

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 道の広い商店街、柱はコンクリート(?)

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 水車のところでは広い川だったが、別れて小さな水路となっている。
 グーグル地図では此の小さな水路が載っていなく、広場もなく、観光地図とは似ても似つかぬ地図だった。
 こうなるとグーグルアースと見比べて見当をつけて調べる。
 トンパ文字の印鑑の店に寄ったりしながら散策。このころ木府に寄らないと言われた。木府はもう閉まっているという。ガイドの話しぶりでは最初から木府に行く気はなかったらしい。判っていたら最初に木府に行ったか。もしかすると、麗江古城に来たころにはもう閉門時間だったかも知れない。

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 老街の特徴的な家。二階はこのように低い。

 夕刻、見覚えのある道に来た。東大街だ。家は新しい。少し歩いて食事にむかう。細い道を通り、さらに東の街路に行く。

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 シャブシャブのような鍋料理。これは美味しかった。食べながら新しい材料を鍋に入れていく。わたしは端に座ったので、食べるだけ。食材を鍋に入れるのは他人任せ。
 なんで炭がと思っていたら、炭火の鍋だった。炭って火以外に使うか。タラさんのあきれ顔。
 テーブルはいつも二卓。
 いつの間にかアルコール組とノンアルコール組に別れている。今回はノンアルコール組に入れて貰った。そうは言っても少しは飲むが、まだ帰るわけではないのではないので控えたのだ(^_^)。誰も信用しそうにない話。
 食事が終わってから麗江長老たちによる古楽器の演奏を聴きにいく。
 その前にちょっと。
 食事を終えて一階に下りると、その庭にトイレがある。そのトイレがドア着きなのだが、中はツインになっている。初めて見た。入った人たちにはちょっとした騒動だったようだが、わたしは入らなかったので、すぐ表に出て待っていた。
 東大街に戻る。その向こう側に劇場があると思っていたが、こちら側だった。引っ越したのかと思った。
 実は劇場は二つあって、前回とは別な劇場ということだった。劇場が二つあったことを知ったのは日本に帰ってから。
 さて古楽器の演奏だが、はっきり言って期待はずれ。

P8232524.JPG 800ピクセルあります。
 古楽器と言っても、麗江というより中国の古楽器。
 どこかにビデオの説明があったらしいが気が付かなかった。
 事前に「話が長いので飽きた人は先に帰ってもかまいません」と言われていた。内容はその通り話が長く、後半はある人物のトークショー。この地方の著名人らしいが、その自慢話を延々と喋っていた(らしい)。体感的には、一時間のうちに演奏四分の一、話四分の三といったところ。長い序文だけで終わってしまった本のような感じ。
 ここで、李Uの浪陶沙が歌われたらしい(ビデオの説明)。
 啄木に次の歌がある。

  浪淘沙 ながくも聲をふるわせて うたうがごとき旅なりしかな

 宋詞は曲調が失われて、詞のみ残っていると言われている。しかし啄木は浪淘沙を聞いたことがありそうで、ナシ族では歌われている。つまり現代でも浪淘沙が歌われていることになる。宋の時代と同じ曲調かどうか。気づかなかったのが口惜しい。歌は一曲だけだが、あれが浪淘沙だったか。その歌は、「ながくも聲をふるわせて」というイメージではないような。

 05年は、はじめに説明があったが短く、古楽器の演奏があり、マールー(馬鹿)という口琴の吹奏・トンパ文字の紹介(読めた人にプレゼント)・若い人のダンス・ナシ族の伝説劇があり、充分に満足した。それを期待していたのだ。

 劇場を出て、ホテルに帰ると、ソラさんがいない。劇場を出るまでは一緒だったのに。
 八雲さんがケータイで連絡をとろうとしたが連絡がつかず、ガイドが探しに出たりした。
 結局、途中の土産物屋で絵を買っていたのだった。どんな絵かと言えば、女性像で露出度の多いのを選んだとか。
 かなり大きいので、機内持ち込みができるかどうか心配したが、なんとか持ち込めた。
 ソラさんは、ホテルはわたしと同室だった。明るい好青年である。何かと逸話が多い。
posted by たくせん(謫仙) at 09:00| Comment(2) | TrackBack(0) | 雲南憧憬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
シャブシャブのような鍋料理は火鍋といいましたね。
中華料理は脂っこいので、何度か食べました。
美味しいですね。
色々な肉があって、知らないで、犬を食べてしまいました。
もっとも、知らないであちこちで食べたみたいです。
味は美味しかったですね。
もっとも、知っていれば食べませんが・・・
Posted by オコジョ at 2009年09月25日 17:23
ああ、火鍋ですか。ピッタリした名前。
これは出汁で煮るようなものなので、揚げ物などと違って脂は食材の脂のみ。日本人に食べやすい料理でした。
雲南の料理は辛く酸っぱい。そのままでは日本人には食べられないので、日本人向きの料理を作っている。わたしたちが行くレストランはみなそんな料理ばかりです。
お陰でわたしも食べることができました。
犬肉ですか。わたしは全く抵抗を感じませんが。一般的にいえば肉食動物の肉は不味いとか。犬は雑食なので…。そういう問題ではないンでしょうね。洋風化した食習慣なんでしょう。
Posted by 謫仙 at 2009年09月25日 20:10
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