2009年09月19日

天龍八部の旅11 麗江 玉泉公園

 麗江といえば、玉龍雪山である。ところが今回はついに全貌を見ることはできなかった。特に頂上付近は一度も見られない。ときには雨もぱらつく天気ながら、けっこう晴れる。その合間に見上げるのだが、終日雲が取れず。
 まずは玉泉公園から。

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 玉泉(黒龍潭)公園の入り口。いにしえは、貴族しか入れない園だった。
  
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 池はかなり広い。水は澄んでいて、泳いでいる魚がはっきり見える。轟々と池から川が流れ出ていた。雨の降ったあとだ。池の水が増えているのだろう。
 ここで集合写真を撮った。全員がカメラを持っているので、添乗員はその数だけシャッターを押す。フィルムカメラの人もいる。わたしは紙焼きをしなくなって、今ではデジタルカメラだ。

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 園内の散策が始まる。ここの広場では時間によってはダンスをしている老人たちを見ることができる。

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 トンパ(東巴)はトンパ教という宗教でもあり、そのシャーマンでもある。トンパ文化の担い手である。高齢者を大トンパともいう。
今、この文化は途絶えようとしている。そこで学校で若い人たちに教えることになった。その学生たちを中トンパという。それを見たこどもたちが興味を持ち学び始めた。これを小トンパという。
 この飾り帽子はトンパの特徴。この方は特別な人ではないらしい。

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 玉泉の名の元となった湧出口。このすぐ向こうでは、付近の人たちが水を汲みに来ている。美味しいらしい。

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 自慢の小鳥を持ち寄り、鳴かせて楽しむ。鳩より一回り小さい程度の大きさだった。

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 「東巴舞踏場」かな、繁体字だ。上の絵文字がトンパ文字。中程両側の英語と日本語は落書きのように貧弱。日本語はなんと簡体字、日中が逆だよ。ホールの音引き(ー)も横棒。見本が横に書かれていたのを縦に変えたが、横棒を縦棒に変えなければならないことを知らなかったのだろう。日本人には読めない人がいるかも知れない(^_^)。

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 麗江女性の体操を兼ねたダンス。両手を同時に前後に振り、足はもちろん交互に出して歩くのが基本の動き。両手を前に出し右足を出す。両手を後ろに引き、左足を出す。そして横に動いていく。人数が多いと円になる。
 一番上に着ている物は背中だけで前は、タスキ。丸い模様は星を表すとか。

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 前から見るとこのようにたすき掛け。頭の飾りは一般的ではない。特別な飾りかも知れないが、花嫁衣装ではない。ここには婚姻の制度はない。05年の旅のとき、若いナシ族女性ガイドは「夜這い」と表現していた。彼女の話では決まった男性が来るので、通い婚のようだ。
 この人形は、わたしの机の上のパソコンディスプレイの隣に置いてある。

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 この簡単な門の左右の柱は男女を表す。働き者のナシ族女性は短命。それが刻みの数になっている。

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 トンパ文化博物館
 トンパ文字を中心とする絵や刺繍など。不思議な絵がならんでいた。この地方の立体地形図では、山また山の谷間に村落があり、麗江は玉龍雪山の麓の街であることがよく判る。日本語の話せる案内人がいて、説明してくれた。
 中には大トンパが来ていた。日本にも何度か来ている第一の人物。
「アララレー」これが挨拶言葉。
 大トンパはなんでも習得しないといけない。人数が少ないせいでもあろうが分業ではない。館内ではトンパ独特の紙を売っている。その沈丁花で作られた紙は、いつまでも保つ。見たところ和紙の方がはるかによさそうに思えた。その沈丁花の紙に希望する文字をトンパ先生が書き入れてくれる。何人か注文していろいろ書いて貰っていた。紙代100元くらいだったかな。
 添乗員の名はひらがな三文字、どうするのかと思っていたら、ガイドがそれに相当する漢字でトンパ先生に頼んだという。
 別な人の話では、他の場所でも名前を頼んだら全然違う字だったという。けっこうおおざっぱ。儀式用の文字で実用性はない。
 トンパ先生はいつもいるわけではない。
 このトンパ研究所には日本から多大な寄付が出ていて、日本人客は特別待遇だそうだ。

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 前衛的な…、価値は判らないが、思わずカメラを向けた。
posted by たくせん(謫仙) at 06:59| Comment(8) | TrackBack(0) | 雲南憧憬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
文字は意志を伝えるので意味があると思います。トンバ文字は少数の専門家しか判らなく、祭祀にしか使わない。
これでは文字の機能を果たしているといえないと思います。
すでに使命を終えた文字ではありませんか。観光のための保護では、趣旨が違うような気がします。
今でも使われている絵文字と言われていますが、謫仙さんのリポートを読んでいると、今でも使われているとはとても言えませんね。
どう思われますか。
Posted by mino at 2009年09月19日 20:44
minoさん
今でも使われているというより、伝わっていたと言うところでしょう。他の文字は研究によって解明されたのに、トンパ文字は伝わっている。
わたしが疑問に思うのは、千年ほど前にすでに漢字が伝わっていたのにあえて絵文字を創作した意味でしょうか。
同じころ、西夏では西夏文字が作られ、のちに満州では満州文字が作られる。
それらは使われなくなったのに、トンパ文字はまかりなりにも伝わっている。その価値は何か。作った意味はなにか。かといって、研究しようという気はありませんm(__)m。

わたしは梵字のようなものではないかと考えています。今は使われなくても、仏教の専門家、つまり出家は使っています。規模こそ大きいがトンパ文字と似た意味を持つのではないかと。

これが観光化し、麗江のシンボルになれば、それはトンパ文字の新しい生き方ではないかと思いますよ。
Posted by 謫仙 at 2009年09月20日 07:43
私の名前(本名)は、印鑑の場合とここで書いてもらった場合と、2通りありました。(とはいえ、そのうち1文字はどちらも同じトンバ文字でしたが)
ここでは音を採用して書いてくれた、との事。
とはいえ、共通の1文字も、当然ながら普通話の音(ピンイン?)ではなかったようです。
となると、反対に印鑑の場合は意味を採用してくれたのかな?と推察しますが、漢字の意味で見ても「?」という感じでよくわかりませんでした。
固有名詞というのは結構そんなものかもしれませんね。
Posted by 阿吉 at 2009年09月21日 21:28
トンパ文字の複雑さ、あいまいさを表していますね。
現在千四百あまり、日本の教育漢字より少ないかな。それで数千ある漢字を現すには、どうしてもあいまいになりそうです。
まして外国語ですから(かなもじばかりでなく、漢字も)ね。
全体的に、どこか親しめそうな感じがしました。数日の旅行という仮の生活には、雰囲気を醸すのにいいのではないかと思えます。

しかし、現地の人もこの文字で生活するのは難しいだろうなあ。
Posted by 謫仙 at 2009年09月22日 08:51
文字は文化ですね。
確かに、昔使われて、今は使えない。
日本の万葉集なども、短い歌とはいえ、仮名のない時代の作品、
今の我々には原文では読めません。
仮名と現代の漢字に翻訳して読んでいます。
では、今使われない、当て字のような、万葉集の文字は無意味か・・・
そんなことは断じてありえません。
トンパ文字もひとつの文化で、それを継続することは決して、無駄とは思えません。

母系家族、古代日本もそうでしたね。
家長制度がはっきりと成立するのは封建時代・・・
律令以前は妻のいる家に夫が通う・・・

そのため女性の地位は封建時代に較べればはるかに高かった・・・
子を育てるのは妻ですから・・・


体操を兼ねたダンスは中国各地で見られますね。
あちこちで見ました。
夜になると広場に集まって、踊っていましたっけ。
Posted by オコジョ at 2009年09月25日 14:33
オコジョさん
>トンパ文字もひとつの文化で、それを継続することは決して、無駄とは思えません。

そう、わたしも無駄とは思いませんが、一般の麗江の人が使っていないというのは、もしかしたらナシ族文化に占める割合は、案外小さいのではないかと思います。
観光のための文字となるのも、少しはその割合を高めることができるのではないかと考えます。

母系家族。田辺聖子さんの本を読んでいると、大正時代まで、関西ではそんな習慣に近いことがあったようです。女は妊娠すると、通ってきた男の中から好きな男を夫に選べるとか。その知識があったので、女性ガイドの話は納得できました。

中国の公園などで、毎朝早くからダンスなどが見られますね。夜は気が付きませんでした。
ナシ族のタンスもそれと同じ感覚でしょうか。
ただ、05年のときのガイドは、ここに集ってダンスをする老人たちは、政府からわずかながらお金を貰っていると言っていました。
引きこもらずダンスに参加していれば、健康でもあり、わずかな補助以上の価値があると。
Posted by 謫仙 at 2009年09月25日 20:50
文字も文明とか文化の一部はありますが、文字としての使命はほとんどなく、映像のような文化として語られると、ずれてずれているのではないか、という気がします。
今でも過去のトンパ文化を語る上で欠かせない物であることは私も同意しますが、これからの文化を創ることができるかどうか。生み出す力があるかどうか。これがわたしの疑問です。
観光に役立つならば、それは力になるのでしょう。
私はまず文化があって、それを語るのに文字が必要という考えを捨て切れません。これは鶏と卵の関係だろうか。
Posted by mino at 2009年09月26日 08:31
minoさん
>私はまず文化があって、それを語るのに文字が必要という
文字というのは文化としてかなり程度が高く、文明の基準にするほど。文化が低レベルで、文字が発明されて文化が高まったということは、考えられないでしょう。

トンパ文字の運命はどうなるか。博物館の中だけのものになるか。わたしには判断できませんが、観光化によって、延命できたことは間違いないでしょう。どこまで延命できるか。かな文字やハングルやタイ文字などと比べてはるかに弱いとはいうものの、延命できるならばまだ文化を語る力がある、と考えています。
Posted by 謫仙 at 2009年09月27日 07:29
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