2009年09月02日

天龍八部の旅3 崇聖寺1

P8222215.JPG
 これは「崇聖寺三塔文化旅遊区」つまり公園の門。三塔から鐘楼(南詔建極大鐘)にかけて、前回行ったところは公園、その背後に新しく昔の崇聖寺が再現されていた。05年4月完成。してみると前回もすでに完成されていたのか。比較してみると少し様子が違う。
 南詔とは大理国の前の王国(八世紀半ば−902)である南詔国。
 大理国は937年に白(ペー)族段思平の建てた国。1253年に元に滅ぼされる。大理城はぺー族の街。
 天龍八部では、段思平は中央武林の出身としているが、史実ではない。
 崇聖寺は段家の菩提寺で、天龍八部の「青龍寺」のモデルである。代々の皇帝の多くが出家して、この寺で修行している。天龍八部でも保定帝段正明は段誉に帝位を譲り出家する。
 清の咸豊年間に戦禍に遇い、残ったものもあの文化大革命のおり三塔以外は全て破壊された。ところが05年に崇聖寺が再現された。これでも盛時の半分という。観光施設かと思っていたら、本物の寺である。現在五十人ほどの僧がいる。再建した心は観光施設であっても、敬意を表したい。どのようにかといえば、仏教寺院を参観する礼を守るということ。

 門から入ると、正面に大塔がある。
 前回、塔は新しく作り直して、古い塔は一塔だけと聞いた記憶があるが、岡崎さんの説明では塔は古いという。いま調べてみるとやはり古い。記憶違いだった。

  P8222213.JPG  800ピクセルあります。

 現実には地図の左半分が崇聖寺、右半分が公園ということになろう。右端が入り口、洱海側。
 国家AAAA級景区とある。AAAAとは初めて目にした。BやCもあるんだろうか。
 ついでに言うと、ホテルの星の数は中国が勝手に決めたもので、欧米に比べて、1クラス下がるという。そういえば日本のホテルで星の数を競った例を知らないが、あるんだろうな。
 ビジネスホテルしか利用しないわたしには縁のない話でした。
  
 さて、新しい崇聖寺を見学するため、カートに乗る。

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 山門前はカートで通り過ぎる。帰りも通り過ぎてしまった。

P8222220.JPG
 カートから下りて、この階段をあがる。

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 大雄宝殿。この中はきんきらきんの仏像などがならぶ。撮影は禁止。
幅約52メートル高さ約26メートル。


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 大雄宝殿の後ろは九龍浴池、九頭の龍と中央にお釈迦様の誕生仏、「天上天下唯我独尊」。衣は短く、下から顔を出しているので大騒ぎ(^。^))。

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 池の壁にはこんな絵が。左の絵、千年前の輪郭だけ残ったらこんなになるのかな。それとも当時こんな絵があったか。

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 池の上から振り返る。大雄宝殿は中国最大級の堂。

  P8222242.JPG
 注意書きです(^_^)。

P8222225.JPG
 いよいよ一番上の望海楼。この寺の一番奥になる。
posted by たくせん(謫仙) at 07:54| Comment(2) | TrackBack(0) | 雲南憧憬 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
お初です。
雲南では、お世話になりました。
カートの移動はらくちんでしたが、
行きたいと思っても、
過ぎ去ってしまうのが
ちょっと寂しかったです。

続き楽しみにしていますw
Posted by 迷子 at 2009年09月04日 00:29
迷子さん。
江湖の旅は不自由がつきもの(^_^)。まして時間が少ないし。
それでも、ガイドが見せたいところと、我々が見たいところが微妙に違っていましたね。それがどこか物足りない。
我々は金庸小説は全部読んで、「あそこはおかしい、ここはよかった」などという武侠迷。その差が特に著しかったのが影視城。
そのくだりはいま書いています。
これからもよろしく。
Posted by 謫仙 at 2009年09月04日 06:21
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