2009年05月05日

憶江南4 運河

江南を憶う 蘇州 運河

 蘇州の街は縦横に運河が走っている。その運河に密着して両側に家が建ち並んでいたが、現在はこれらの家を取り壊し、そこを路にしている。それはまだ終わっていないので、船に乗って古い運河を見学することにした。時間は四十分程度である。これは予定外。
 それは蘇州の裏側を見るようだった。下水が流れ込み、川はどぶ川に近く、夏には悪臭を発しそうだ。昔の隅田川を思う。おそらく、道頓堀よりはきれいだろう。
 (この文を書いてから七年ほどたつ。現在はどうだろうか)

2001.12.1.20.jpg
 虎丘雲岩寺の門の前の水路も観光の舟が集まっている。
2001.12.1.35.jpg
 このような運河が縦横に走っていて、南船北馬を実感する。

2001.12.1.37.jpg
 船に乗って運河を行く。一艘では乗り切れないので2艘に分乗した。

2001.12.1.39.jpg
 岸の民家。洗濯をしているのか。

2001.12.1.40.jpg
 水質の問題はあるにしても、運河が今でも生活に密着していることが判る。

 中国では、よく日本人に向かって日本語で、なんでも「千円千円」と言う物売りがいる。なんとこの船の1人あたり料金が千円であった。

   …………………………
 蘇州は絹の刺繍が有名である。特に両面刺繍は見事である。ある商店で仕事の実演をしていた。玉繭から真綿を作る人、真綿の布団を作る人、細い糸で刺繍をしている人。
 真綿を作るのは、わたしには子供の時に見慣れた仕事である。真綿を知らない人がいるが、絹の綿のこと。絹糸は蚕の繭を煮ほぐして取り出すが、玉繭(たままゆ)といって、糸にできない繭がある。それはそのまま煮ほぐして引き延ばし綿にするのだ。

 町中の看板に「大哥大」と「移動電話」が続いてあった。「大哥大」はまだ死語ではなかった。沈さんはよく「小姐小」を使って電話している。
(注:「 」内はどれもケータイのことです。ただし、大哥大(大兄貴)はケータイというより、移動電話というべきかも知れません。裏社会の大兄貴が使っていたんですね。小姐小(小さいお嬢ちゃん)や「手機」は今の小さなケータイです)
 料金体系は地方によって異なるが、沈さんの「小姐小」は、発信受信双方に料金がかかる。「手機」の本体は日本並みにたかい。
 パソコンも同様であるが、普及率は高いらしい。使うのも若い人や子供ばかりで、中高年にはなかなか扱えない。沈さんの使用状況は、妹に教わって、ようやくEメールのやり方を覚えたところと言った。
posted by たくせん(謫仙) at 07:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 江南 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
流れがきれいなら素敵なところですね。
でも、庶民の生活の一端を知るにはいいところかもしれません。

隅田川の水上バス、最近は川がきれいになって快適ですね。
昔は、凄かったですね。

フィリピンでも「千円千円」と言う物売りがいましたね。
硬貨は銀行で両替できない、札なら両替できるからようです。
Posted by オコジョ at 2009年05月07日 13:51
オコジョさん。
中国の変貌は激しく、これらの運河も今では整備されているかもしれませんね。上から2枚目の写真の左側のように。
これも貴重な記憶です。写真を見てみると、波頭がけっこう白く、ヘドロがたまっていて黒く見えても、案外きれいなのかな。
まあ、きれいなところも汚れたところもあるということでしょう。

千円は知っているただ一つの日本語だったりします。値引きするときも、千円で一個、千円で二個、千円で五個、となりますね。米ドルと日本円が通じる。これは凄いことですよ。日本の商店で外国貨幣はどこまで通じるのかな。
まあ、彼らは日本人向け専門店のようなものですから、日本円が通じるのですけれど。


Posted by 謫仙 at 2009年05月08日 07:56
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/118650254
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック