そこで、紅花会は乾隆皇帝をさんざんいたぶるのだが、それは料理を見せても食べさせないというもの。
以下、赤字は原文通り、黒字はわたしが省略しながら説明しているもの。
一晩たって、乾隆は腹が減っていた。そこにソバを食っている音がする。そして山盛りの「海老入りソバ」が五尺ほど離れたところに置かれ、箸も入っている。
「それはお前のだ。毒は入っておらん」
そう言われて食べようとしたが、一糸まとわぬ裸であった。思わず布団に戻ってしまうと、
「畜生め、毒が怖いか。俺が食ってみせてやる」
と、食べられてしまう。
その後、さんざん脅かされ、昼になると、別な者が飯を食いながら脅しの文句を並べている。そして夕刻には、常氏双侠が来た。そして酒を飲みながら、江湖の仇討ちの話をする。間接的な脅しである。それを明け方まで語り合っている。その間、乾隆は何一つ食べていない。
二日目、趙半山が来た。
「ならば、とりあえず何か腹を満たすものをくれ」
−略−
「陛下が御膳を所望だ。早く酒席を整えろ」
それから二刻。二刻はどのくらいの時間だろう。現代なら三十分だ。食卓に案内される。態度は慇懃だ。酒を出されるが、飲む前に、皇帝がこんな酒を飲むかと、料理人か叱責された。すぐに町までいい酒を買いに行くという。もちろん杯は空にされて、待たされる。六和塔から町まで5キロくらいかな。かなり時間がかかりそうだ。
そして、紅花会の者は酒盛りを始め、乾隆の杯は空のまま。そして料理が出る。
湯気の立つ料理が四皿運ばれる。
「海老の炒めもの」「骨付き肉の香辛料炒め」「魚の甘酢あんかけ」「鶏の唐揚げ」
うまそうなのに、紅花会は、こんな田舎料理を皇帝が召し上がれるかと料理人を叱り、食べようとする乾隆を「お腹にさわります」と止めて、乾隆の箸はへし折られてしまう。そして紅花会だけで食べる。そして皇帝の料理を料理人に催促している。紅花会は満腹して、ひもじかった話を始める。乾隆がいたたまれず、部屋に戻ることにすると、
「御膳の支度が調いましたらお迎えにあがります」
二刻過ぎて、「羊肉と葱の辛味炒め」の匂いがする。御膳が整ったとの迎え。
「燕の巣とアヒル入り豆腐の煮込み」「羊肉と葱の辛味炒め」「筍と鶏肉炒め入り湯葉煮込み」「鶏と豚の千切り白菜のクリーム煮」「重ね揚げ餅」他にも十あまりの小皿。
ところが、周綺(女の子)の抱いていた猫がその料理を食べて血を吐いて死ぬ。乾隆が料理を断ると、紅花会の連中はそれらの料理を食べてしまう。もちろん毒など入っていない。せっかくの据え膳を食い損ねる。
こうして乾隆帝は、豪華料理を目の前にしながら、二日間なにも食べずに過ごすことになる。
ここに並べられた料理、いくつかはわたしも食べたことがあるはず。えっ「鶏の唐揚げ」などいつでも食べられる。ですよね。
過ぐる年、この本の翻訳者岡崎由美さんと寧波から杭州に旅をした。あとで、「あのとき出たレンコンにモチ米を詰めた料理は、乾隆帝が六和塔に閉じこめられたとき、出た料理の中にあったでしよう」と言われた。それはなんという料理だったのだろう。こう読んでみると、それらしい料理がない。「重ね揚げ餅」かなあ。それとも他にも十あまりの小皿の中にあったのか(そういう省略の仕方はしていないはず)。それともわたしの聞き間違いで別な料理だったか。
金庸さんはこんなところにも蘊蓄を傾ける。なお袁枚も豆腐料理などで有名な歴史上の人物。
2巻第8章「海潮」で乾隆帝に会った後にでてきます。
料理というより江南のおやつですね。
P164
晴画が「モチ米を詰めた砂糖漬けの蓮根」持ってきて、陳家洛に食べさせ、そして髪を梳くシーン。
奴隷に慕われているお坊ちゃんの成長した姿です。
それにしても、すぐにここを指摘する八雲さん。さすが。
「燕の巣とアヒル入り豆腐の煮込み」「筍と鶏肉炒め入り湯葉煮込み」「鶏と豚の千切り白菜のクリーム煮」あたりにとても心を惹かれます。
「モチ米を詰めた砂糖漬けの蓮根」は陳家洛思い出の料理でしたよね。
岡崎先生と本に出てくる料理を食べたなんて、羨ましいです!
岡崎先生の解説入りの料理、なかなか味わえるものではございません。(^。^))
金庸老師はふるさと近くの名物料理を並べたのでしょうか。雲南の椿の蘊蓄みたいで、読んでいて楽しくなります。
それを、こんな田舎料理を皇帝が食べるか、なんていいですね。傷を付けない懲らしめ方。もっとも皇帝は約束を守りませんでしたが。