2008年08月15日

倚天屠龍記のあらすじ 三

   三 盟主の条件
 穴を抜け出た所は人の踏み入れたことのない別天地であった。
 しばらくして、白い老猿と巡り会う。猿の腹は膿んでいた。そこには九陽真経が隠されていたのだ。神G侠侶で、瀟湘子と尹克西が入れたのだった。あれから九十年以上たつ。猿がそんなに長生きするか。と言っても例外的にいたんだから仕方ない。崑崙の蟠桃を食べたことによる。
 九陽真経の鍛錬を始めた。どうせ玄冥神掌の傷によって間もなく死ぬ身。一冊目に四ヶ月。二冊目六ヶ月くらいか。三冊目は一年。四冊目は三年余りを要した。結局五年かかったことになる。
 玄冥神掌の傷も九陽真経によって完治した。
 十歳で北の海から戻り、二年武当山で過ごし、二年胡蝶谷で過ごし、それから朱長齢たちに騙されるまで一年としてもそれから五年、二十歳ほどになった。名医になり毒に詳しくなったのは十四歳の頃。まだこどもなのだった。
 崖の中腹にいる朱長齢は、張無忌に食べ物を分けて貰いながら、風雨にさらされてそのまま五年。これも凄い。
 九陽真経を会得して、朱長齢の前に現れると、また騙され崖から落とされる。藁山の上に雪が積もっていた所に落ちた。両足を骨折して、雪の中に横たわってると、村娘が食べ物を持ってきてくれた。これが蛛児といったが、殷離であった。張無忌の従妹である。
 張無忌と蛛児は峨嵋派に捕らえられ、魔教(明教)退治に同行する。この戦いの中で張無忌は明教に捕らえられ、この時、九陽神功が完成する。いつものことながら、偶然が何度も積み重なっているのはお約束。
 九陽神功によって、囚われの身から脱出し、逃げる成崑を追いかけると女の部屋に逃げた。その部屋は幼いときに別れた楊不悔の部屋だった。再会するもすぐに別れ、そこの侍女とともに寝台の下の洞窟へ成崑を追いかける。そして閉じこめられ、亡くなった明教教主夫妻の死体を見つける。そこで明教の絶技「乾坤大揶移神功」を身につけて脱出する。
 明教と諸派の争いの仲裁に入り止めさせる。この時、間違いで大怪我をし、伏せっている間に、諸派に攻め込まれる。そのどさくさに明教の教主にされてしまう。
 残った明教の全員が洞窟に逃げ込み、諸派の主力が帰ってから、洞窟から出て、再建を図る。
 張無忌と一部の人が謝遜を迎えに行くことになり(張無忌が出した盟主になる条件のひとつ)、崑崙の山を下りて砂漠地帯を中国に戻ろうとすると、先に帰ったはずの群雄たちが、殺されたり怪我をしたり、失踪したりしていた。
 武当派も被害あっていた。殷利亭は兪岱巌と同じく体中の関節が折られていた。楊不悔が看護に当たった。楊不悔は母に似ているので、殷利亭は婚約者と錯覚したりする。他のひとは行方不明。
玉門関を入ってからは、モンゴル兵が民をいたぶっているのを見る。助けようとしたとき、不思議な一団が現れ、民を助ける。その長は倚天剣を持っていた。滅絶師太が持っていたものだ。数日後、江城まで来ると、民を助けたひとりが、張無忌たち一行を招待するという。その長は男装しているモンゴルの姫であった。名は趙敏。
 招待された緑柳山荘は見事な作りだが怪しい。急いでそこを離れてから、一行は毒にあたったことに気づく。張無忌が毒消しを取りに緑柳山荘に戻ると、落とし穴に落とされる。その時趙敏の右手を掴み、二人で落ちる。
 出る方法を聞き出すため、靴下を脱がせ足の裏をくすぐる。耐えきれず白状した。そうして脱出し、一行の所に戻ると、モンゴル兵に囲まれていて、なんと小昭がみごとに指揮して防いでいる。
 その後、誤解を解くため少林寺に行くと、少林寺はほぼ全滅し、その犯人は明教と誤解されていた。そして次は武当山を襲うことになっている。あわてて武当山に駆けつける。
 ここで誤解を解くが、武当山はモンゴル兵に囲まれてた。その隊長はあの趙敏である。
 百歳を越えた張三宝は、太極拳と太極剣を完成させて、張無忌に伝え、その張無忌とモンゴルの代表が戦うことになる。
 なんとか退け、兪岱巌の骨を折った犯人が判り、治す薬も判るが、薬を貰い損ねる。

   四 魔女と魔剣と に続く
posted by たくせん(謫仙) at 07:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 倚天屠龍記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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