2008年08月09日

倚天屠龍記のあらすじ 一

   一 呪われた宝刀
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 神G侠侶での華山の別れから三年後。郭襄は神G侠楊過に再会したい一心で江湖をさすらい、楊過の行方を尋ねて少林寺に行く。羅漢堂の首座無色禅師が楊過の友人であったからだ。しかし、行方は判らず、華山で知った覚遠と張君宝に再び会う。
 少林寺は崑崙三聖なる西域の人物が少林寺に来るというのでは大騒ぎになる。この人物と郭襄のふれあいもあるが、それで別れる。
 郭襄は覚遠・張君宝と三人で少林寺を出て、間もなく覚遠は亡くなり、張君宝には襄陽の郭襄の両親の所に行くように言って、張君宝とも別れる。
 張君宝は襄陽に向かうが、途中武当山まで来ると、襄陽に行くのをやめ、そこで出家して武当山を開き、張三豊と名乗り、武当派という一門をたてる。
 そして一気に年月を飛ばし、張三豊の九十歳の誕生日を巡る話になる。この小説では百十歳を過ぎた頃、太極武術に開眼する。
 武当山の三番弟子の兪岱巌(ゆたいがん)は、福建で盗賊を退治し戻る途中、余姚県(よようけん、杭州湾のほとり)で江湖の屠龍刀争奪の争いに巻き込まれ重傷を負う。
 屠龍刀は重さ120斤ほど、「武林ノ至尊、宝刀モテ龍ヲ屠リ、天下ニ号令セバ、敢ヘテ従ハザル莫シ。倚天出デズンバ、誰カ与ニ鋒ヲ争ハン」と伝わっている。

 謎の人物が、龍門鏢(ひょう)局に兪岱巌の身柄を預け、武当山に運ぶように依頼する。条件は、謝礼は黄金二千両で、仕事に失敗したら龍門鏢局は皆殺し。鏢頭の都大錦は引き受けて、局の全力をあげて運ぶことになった。
 結局、武当山の中程で、間違えて兪岱巌を武当派ではない人に預けてしまい、兪岱巌は更に傷を負い、再起不能になる。
 五番弟子の張翠山は、兪岱巌に重傷を負わせた犯人を捜して江南に行き、杭州の西湖の西ある龍門鏢局に行くと、龍門鏢局の人は皆殺しにされていて、助っ人の少林寺の僧に犯人と疑われる。
 そこを逃げ出すと、自分と同じ恰好をしている人にあう。翌日六和塔で待ち合わせたが、妙齢の婦人であった。兪岱巌を送るように依頼し、龍門鏢局を皆殺しにした人物であった。詳しく聞くために船に乗ることになる。女は殷素素(いんそそ)といい天鷹教の教主の娘であった。
 船は杭州湾の入り口近く、王盤山島につく。
 天鷹教が屠龍刀を手に入れ、披露する会が開かれることになる。天鷹教の常金鵬・白亀寿以外に、高則成・蒋濤という崑崙派の剣客、元広波をはじめとする海沙派、麥鯨(ばくげい)をはじめとする巨鯨幇、過三拳をはじめとする神拳門、等々が集まっていた。
 そこに金毛獅王と言われる凄腕の巨漢謝遜が登場し、張翠山と殷素素以外は皆殺し(と同様)にしてしまう。そして三人で船出する。

 謝遜は手にした宝刀の秘密を調べるため無人島に行こうとする。だが、北に流され北極圏まで行く。船は壊れ氷山に乗り、火山島に上陸する。白熊のいるところ。そこは火山の熱で草木が茂り鹿もいる。架空の地理である。
 謝遜が狂ったりして問題が起こるが、それはともかく、そこで張翠山と殷素素の間に男の子無忌が生まれる。謝遜は張翠山と義兄弟になり、無忌の義父となる。無忌が十歳になったとき、謝遜を残して、親子三人は筏で南へ帰ることになった。順風で南に行くと、天鷹教と武林の諸派の船が争っている所に出会った。
 この辺り偶然があまりに多く、しらける人がいるかも知れない。偶然であろうが可能性があれば否定しないのが金庸小説。これ以降も偶然が満ちている。
   二 黒い刻印 に続く。

   ……………………………………………………

参考 :倚天屠龍記の碁     書庫−倚天屠龍記
posted by たくせん(謫仙) at 10:06| Comment(2) | TrackBack(0) | 倚天屠龍記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは♪
太極拳で検索してたどり着きました。

まだまだ暑い日が続きますね〜
体調崩されないようにしてくださいね

更新楽しみにしています♪
また来ますね
Posted by 気功治療 at 2008年08月11日 22:33
気功治療さん
太極拳は本来は武術。そのことを自覚していない日本の太極拳は体操になってしまっています。
中国ではゆっくりした老人の体操でも、武術であることが根底にあるため、日本人の太極拳に違和感があるようですよ。
Posted by 謫仙 at 2008年08月12日 06:52
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