2022年09月26日

大宋宮詞 〜愛と策謀の宮廷絵巻〜

大宋宮詞

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 チャンネル銀河で「大宋宮詞」が始まった。
 主演は劉涛(劉娥の役)だ。わたしには天龍八部の阿朱で記憶している。その他の役でも何作か。
 −劉娥は後の章献明粛皇后(しょうけんめいしゅくこうごう)真宗の2人目の皇后−
 大宋宮詞の第一回を見た。太宗の三人の皇子から皇太子を選ぶ話から始まる。
 このとき、秦王趙廷美(太宗の弟)の他、
   第一皇子 楚王趙元佐、
   第二皇子 許王趙元僖、
   第三皇子 襄王趙元侃、
 が候補であるが、太宗は皇太后と秦王趙廷美を候補とする約束していた。その約束を破ることになる。
 第三皇子襄王(後の真宗)がふさわしいとなる。北の遼との戦場に行き、現地で地震により亡くなったと連絡が入る。しかし生還した。そのとき劉娥を伴って戻る。そして正妃に男の子が生まれる。
 男の子は暗殺され、劉娥が犯人と思われる。
 なかなかに展開が早く、この後が期待できそう。

第二回
「先帝の嫡子とはいえ徳昭には荷が重いかと…」という台詞がある。
 太宗の在位976−997で趙徳昭の死は979年
 趙元侃は986年に改名した。
で、時は、986年以後と言うことになるが、このときは、すでに趙徳昭はいない。
 趙元侃(後の真宗)の誕生は968年、趙徳昭の死は11年後である。ここでは死ななかったという設定か。
 第三皇子襄王趙元侃の妃に「守宮砂」が出てきた。処女の印だ。してみるとこの物語は武侠か。

 先帝の死後十年目という。そうなると舞台は986年でこの年に趙徳昭が死ぬという設定である。 

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 なお、先に見た「燕雲台」はこの時代の遼の五代景宗の皇后蕭燕燕の物語。紹介しなかったが、これはおもしろかった。

976 開宝9 太平興国1 ★太宗(在位976−997) 10月に即位。
979 太平興国4 ★宋によって中国統一  北漢が滅び十国終わる。
          ★太祖の子 趙徳昭(951−979)自殺。
980 太平興国5
981 太平興国6 ★太祖の子 趙徳芳(959−981)没す。ここに太祖の子は二人とも死んだことになる。かなり問題のある死に方であった。
997 至道3   ★真宗(在位997−1022)即位 太宗の子。

 さらに開封府も少し時代がずれるが、真宗と劉娥の時代から始まる。劉娥の扱いがかなり異なる。
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2022年03月17日

錦綉南歌2

 参考
宋(そう、420年 - 479年)
419年 劉裕は東晋の安帝を殺害し、安帝の弟を恭帝とする。
420年 禅譲を受ける。宋の初代武帝となる。
422年 武帝死去。長男劉義符が二代目となる。
424年 二代目は、臣下に廃位される。少帝
     武帝の三男が文帝となる。この時代が30年間。
453年 皇太子劉劭は文帝を殺害して 四代目となる。(3ヶ月)
454年 弟劉駿が兄四代目を殺して、五代目孝武帝となる。

 なお、武帝の男子は順に
少帝 劉義符 - 母は張夫人。廃位、後に暗殺される。
廬陵王 劉義真 - 母は孫修華。少帝の代に処刑。
文帝 劉義隆 - 母は胡婕、。暗殺される。
彭城王 劉義康 - 母は王美人。文帝の代に処刑。
江夏王 劉義恭 - 母は袁美人。前廃帝の代に処刑。
南郡王 劉義宣 - 母は孫美人。孝武帝の代に処刑。
衡陽王 劉義季 - 母は呂美人。病死。

 この物語は文帝 劉義隆の時代で、文帝は病弱で朝廷に顔を出さず、彭城王 劉義康と竟陵王(史実では南郡王) 劉義宣が登場する。(竟陵王とは三代文帝の子 劉誕である)
 それにしてもまともな死に方をしていない。この皇族同士で殺し合うのが劉宋の特徴で、長続きするはずがない。
 東晋から引き継いだ重臣は、「皇帝家は身分が低い。身分の低い者は政治に口を出すな。政治は身分の高い我々が行う」という、自分たちが国の主のような態度だ。東晋の悪いところも引き継いでいた。
posted by たくせん(謫仙) at 16:32| Comment(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月26日

錦綉南歌

錦綉南歌
日本名  驪妃(りひ)

 時代は南朝宋(劉宋)の時代の武侠ドラマ。
 犯罪組織・朱雀盟の刺客として育った驪歌(りか)は彭城(ほうじょう)王・劉義康(りゅうぎこう)を親の仇と信じ、長年彼の暗殺を企てていた。ところが襲撃するも失敗し、そのとき妹分の阿奴(あど)は死に、死に際に腕輪を託される(実は生き延びていた)。
 その腕輪から沈家の娘と誤解され、18年前に行方不明になった、沈嘉寧として沈家に迎え入れられる。そして、身分を隠した彭城王と出会う。お互いの正体を知らない2人は、次第に心を惹かれ合っていく。
「親の仇」説は嘘の予感がするし、全体的に「それならもうちょっと……して」と思うシーンがある。武侠にはよくあることだ。

「王女未央-BIOU-」のスタッフが再集結したという。言われてみると、なんか「王女未央-BIOU-」のプロットに似ている。

 このドラマの登場人物の彭城王・劉義康は宋の初代武帝の第4子であり、3代目文帝劉義隆(劉義康の兄)の時代が舞台と思われる。なにしろ皇帝が出てこないので、史実とは異なる設定かもしれない。
 南朝の宋は、420〜479年と短い。この間に8人の皇帝がいる。史実では皇族の争いで大勢の皇族が亡くなり力を弱めた。
 初代の武帝劉裕がわずか2年で死去、一代の英傑だが、国体を整える前に死んで後世に託す。2代目劉義符も2年。3代目の文帝劉義隆(29年)になって、やっと国家の形を整えた。2代目と3代目は武帝の子である。
 この宋は文盲の初代が武力で得た国だが、形は禅譲である。その影響か、ドラマの宮殿などはかなり豪華である。臣下も含め、かなり前朝(東晋)から引き継いだらしい。横暴な権臣もいて、何かにつけて皇帝家の邪魔をする。

 紹介してないが、小前亮の小説「劉裕」を読んだばかり、ちょうどよいタイミングで見始めた。登場人物の姓など、記憶にある人が多い。
 5回目まで見た。展開が速い。おもしろそうな予感。前のドラマを紹介してから何作かドラマを見たが、紹介したくなったのは久し振り。
 わたしはチャンネル銀河で見ているが、他で見た人は多いだろう。

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追記
 途中で四男の彭城王・劉義康が「兄ふたりを亡くし」と言う。してみると残る一人の兄は三男で現皇帝の文帝であることになる。

 第十五回まで見た。
 陸遠という権力者がいる。簡単に(でもないか)権力を失ってしまう。
 わたしは、陸遠はいつでも皇帝になれるが、臣下として権力を握っている方がいろいろとやりやすいので、臣下のふりをしていると思っていた。朝議の時は臣下の位置にいるが、朝議が終わると、陰で皇帝を顎で使っているのかと。ところがそうでもなかった。
 もちろん、返り咲きを画策しているが、どうなることか。

 終わった。久し振りに最後まで見た。
 陸遠を始末し、次なる高官の害を取り除いたが、その奥に朱雀盟を組織した者がいた。この者は探り出すのが難しいが、探し当てたところで解決。
 しかし、歴史上の皇族同士で相剋するという運命までは変えていなかった。驪歌も皇族になればその運命に従わねばならない。
 終わったが、おそらく彭城王も歴史に飲み込まれるのであろう。宋という国は、成熟することなく、歴史から消えていくであろう。
posted by たくせん(謫仙) at 16:19| Comment(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月12日

開封府

2018.2.15記
2021.11.12追記

開封府−北宋を包む青い天−
     2018.2.15.jpg

「包青天」と言われた名裁判官包拯のドラマ。
 日本の「遠山の金さん」や「大岡政談」のモデルと言われている。と言っても内容は似ていない。清廉潔白で公正無私、対象は官界ばかりでなく皇族まで踏み込む。創作された話であるが、その姿勢は庶民に愛されている。
北宋は960−1127
包拯は999−1062
 説明では「北宋時代末期に活躍し、」とあるが中期と言うべきであろう。

 このドラマでは、仁宗が即位(13歳)(在位1022−1063)した頃科挙に合格して、開封で出仕して活躍している。しかし、史実では仁宗の5年に合格し地方官になる。一度致仕しで故郷に帰り、再び仕官したのが1036年。仁宗の27歳ごろ。だから都開封で活躍したのは1036年の後になる。
 ドラマでは開封で重大事件を解決し、皇太后に嫌われ、一度故郷に左遷され県の知となる。そして十年後にまた開封に出てくる。

 仁宗の皇后選びが問題になっている。その中でよく李Uの詞が歌われる。この曲は今に伝わっているのだろうか。それともドラマのために新たに、いやドラマのためででなくてもよいが、新たに作曲されたのだろうか。
 参考 李U
    李後主 −詞帝−
 で紹介した『虞美人』も歌われた。

 有力者ふたりの娘と孫が、美人(後宮の位号)として入宮し、仁宗は母の皇太后にどちらを皇后にするか決めろと迫られる。
 そんなとき、そのふたりが入っているそれぞれの宮殿が同時に火事になる。仁宗もその中にいた。
 その真相を調べるため、皇太后は、故郷に左遷させた包拯を開封に呼ぶことになる。嫌ってはいても、人格と能力は信用しているのだ。

 まだ途中なので、追加があったら書き加える。

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 撮影のやむを得ぬ事情であろうが、天気が気になってしかたない。雨の日が多いが、開封はそんなに雨の多い地域か。
 また、たとえば室内で話をしているとき、外は大雨である。ところが話を終え外へ出ると、道は乾いている。何度もそんなことがあるのだ。
 撮影所の都合か。たとえば雨の日にしか借りられないとか。
 
posted by たくせん(謫仙) at 10:40| Comment(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月30日

宮廷の諍い女

 原題 後宮・甄嬛伝 (2012)  全76回
2020.6.17 記
2021.7.30 追記訂正

 いやいやながら後宮に入った甄嬛(シンケイ)の後宮物語。
 原作は架空の時代だが、このドラマでは清の雍正帝の時代としている。
 雍正年間となれば、相当する女性に合わせて、それなりに形式を整えねばならないが、甄嬛(シンケイ)のモデルはいないようだ。これが瓔珞(エイラク)とは異なる。
 雍正帝の父の康煕帝は61年間在位した。そのため息子たちは高齢で、雍正帝の即位は45歳のときである。そのときすでに次の乾隆帝(四阿哥弘暦)は生まれていた。(この弘暦が優れていたたため、父の雍正帝が皇帝になれたとも言われている。このドラマではその話はない)
 雍正帝は勤勉な皇帝として知られている。在位は14年に満たない。そのためか、この物語では、権力の掌握が進まず、功績ある将軍の妹である華妃の横暴を押さえられない。
 そんな時代の、後宮の争いである。瓔珞はやられたら、とっさの機転でやり返すが、その内容はすこぶる危うい。戦術的に強いということか。甄嬛伝はそのスパンが長い。しかも機会は巧みに捉えるが、罠を仕掛けるようなことは少ない。そのため瓔珞と比べれば、初期はだれを感じることもある。しかし、途中から甄嬛(シンケイ)は変わっていく。
 後宮に入るのは、無期限で拘置所に入るようなもの。夫である皇帝も権力者としての魅力しかなく、心から愛しているわけではない。皇帝が通わなくなれば、拘置所と変わらない。
 甄嬛(シンケイ)は莞嬪として住むところは碎玉軒だが、これはどこか不明。一度出家して戻って来たときは、熹妃として永寿宮に住むことになる。そこは養心殿(皇帝の住まい)のすぐ後ろである。ただしこのドラマが各宮の位置関係を反映しているかは不明。

 このドラマでも皇后の権力は弱く、高官の血族の皇妃が、位は低くても事実上の権力を握って横暴を極めている。皇帝は高官の協力を得るために、それを認めざるを得ない。
 高官が権力を失うと、親族の皇妃も力をなくす。瓔珞にも似た話があった。
 ただし甄嬛伝の皇后はかなり悪辣で、皇太后が、皇后によって愛新覚羅(皇帝家)の血統が途絶えてしまうと、嘆く場面があるほど。

 半ばから甄嬛がかなり変わってきた。後宮では耐えているだけでは、生きていけない。積極的に攻勢に出よう。出家して戻るときは、情を捨てることを誓う。その後は全て権力争いに通じる。
 策を巡らすが、それがかなり戦略的だ。目が離せなくなった。初めにだれを感じたのが収束して行くような感じだ。
 単なる後宮の争いではない。エイラクよりも武則天に近いか。なお雍正帝は道教の怪しげな薬(実体は毒薬)に頼り、60歳前に衰えて死ぬことになる。
 雍正帝の最期は悲惨だ。皇族が女官を暴行しようとし、逃げられるが、なんと皇帝は女官を死罪にしてしまう。そのために身の危険を感じた甄嬛は、毒を飲まされた皇帝を見殺しにしてしまう。手を下したと言っても間違いではない。
 最後は甄嬛の美しさに圧力を感じるほどだ。
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 以下は妃嬪の結末である。☆は生涯を全うした者。★途中で不慮の死を遂げた者やそれに近い者。△はどちらとも言えない者。位階は上下に変化するが、その代表的な位階。

   官女子/答応→常在→貴人/→嬪→妃→貴妃→皇貴妃→皇后

☆ 莞嬪(甄嬛) →熹妃→熹貴妃→副皇后→聖母皇太后
★ 恵妃(沈眉荘)靜和公主を産むものの死去。最後まで莞嬪を助ける。
★ 安嬪(安陵容)→鸝妃 監禁の後、自害。
★ 華妃   →年答応→冷宮送りの後死罪。
       こどもに恵まれない。これには理由があった。
★ 皇后   事実上の離別となり、終生景仁宮に監禁。死去。
★ 夏常在  冷宮送り
☆ 欣貴人  欣太嬪となり最終回まで生存、目立たない。
★ 祺貴人  冷宮送り→庶人→撲殺
☆ 端妃   →皇貴妃→皇貴太妃  養子温宜公主(実母は曹貴人)
☆ 敬嬪   →敬妃→敬貴妃→敬貴太妃 養子朧月公主(実母は甄嬛)
★ 斉妃   自害 
★ 曹貴人  毒殺 
★ 余答応  処刑
★ 麗嬪   冷宮送り
★ 富察貴人 恐怖のあまり気が狂い、その後は不明。
△ 芝答応   官女に戻った。その後不明。
★ 淳常在  17歳で殺される。
★ 瑛貴人  死罪
★ 寧貴人  自害
★ 貞嬪   死罪
★ 康常在  死罪
★ 孫答応  死罪

 圧倒的に、まともに人生を送れなかった者が多い。
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 後宮の各宮殿は、一般的に南に門があり、中央は庭で、三方に建物がある。
 嬪以上になると宮殿の主となり北の主殿に住む。東西の脇殿は貴人以下が住み、主殿の主の支配下になる。時には官女子なみに扱われることもある。
 官女子は一応女官のような仕事をしているが、位は妾の最下位である。
 女官はいわゆる下女であり、25歳を過ぎれば退職できる。
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 時々、合歓の花(ネムノハナ)が出てくる。それは構わないが、「ゴウカンノハナ」とカナをふるのが気になる。何度も出てくるので、訳者が知らなかったと思える。ただ漢方薬では、樹皮や葉は生薬の合歓(ゴウカン)合歓皮(ゴウカンヒ)となる。それなので勘違いしているのかもしれない。
posted by たくせん(謫仙) at 10:15| Comment(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月07日

楚喬伝

楚喬伝(そきょうでん)〜いばらに咲く花〜
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 これはおもしろかったが、しかし、もう一度見ようという気にはならない。それで消去した。
 原因は何だろうかと考えた。ストーリーが無理気味。武侠に偏るのは構わないが、どこか矛盾を感じさせる。
 訓練場所も、まるで20世紀を思わせるような、からくり仕掛け。
 南北朝時代の北朝、西魏(せいぎ)の時代。この時代にこんなからくりができるのか。
 たとえば、鎌倉時代に鉄砲が出てきても驚かないが、鉄砲鍛冶や弾丸の火薬を作る人も登場しなければならない。
 もちろんSFなので、そう設定するのは問題ないが、その説明が欲しいし、そんな能力者にしては、この結末はむなしすぎないか。
 見終わって虚脱感が漂った。中国では大人気だったという。
 わたし的には趙麗穎(Zhào Lì yǐng)の魅力だけで、最後まで見たドラマだった。趙麗穎は明蘭でも主役を演じた。明蘭はお勧めなので前回紹介している。

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次の2作は大人気だというが、金をかけたというが、わたしは魅力を感じなかった。それで途中まで。

長安二十四時
「長安二十四時」、不思議な題名である。原題は「長安十二時辰」だった。これなら納得出来る。
 数回見て、終わりにした。花がない話だ。

鬼谷子−聖なる謀−
 鬼谷子は伝説の策師。蘇秦(そしん)と張儀(ちょうぎ)の師と言われている。また信憑性は薄いが、孫臏(そんぴん)と龐涓(ほうけん)の師という説もある。
 期待したが、最後まで見ないで放棄した。

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海上牧雲記 〜3つの予言と王朝の謎
 これはおもしろかったが中途半端。
 よくできているが、名前負けしている。人物紹介で、ひとりは未来の皇帝、ひとりは未来の帝王、ひとりは九州を統一とするが、
 一人が皇帝になっただけ。起承転結の起承で終わったようで中途半端。
 あえて言えば、海上牧雲記の地上編。これから海上編になって、残りのふたりが紹介どおりになれば完結といえる。

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2021.7.3追記
ほとんど不要の駄文

 かなり前の話だが、わたしは小説を書いたことがある。勿論習作であり、応募するようなものではない。
 ある人に見てもらった。
「これは小説ではない。意見である」
 厳しい意見であった。しかし意見のない小説なんてあるのか。
 その人の書いた小説を読む機会があった。いい文章ではないか。しかし、プロットが判らない。わたしから見れば、それは文章の練習、つまり作文であった。これだけの優れた文を書けるなら、もう文章の練習はいいから小説を書いたら…、と思ったが、その人はそれを小説と思っているのだった。わたしの力不足なんだろうな。
 ここ何作か、中国の時代SFドラマを見ているのだが、何か気が乗らないのだ。
 一つ一つの場面、つまり街や家の様子などの舞台、道具類、俳優の演技力、アクションなど、びっくりするほどうまい。だが主人公は何のためにそんな行動をするのか、それが判らなくては、肩入れしようがない。
 主人公の成長物語か、昔の街の紹介か、武術の公開か、宮廷生活の紹介か、騙し合いか。
 そこで上の話を思い出したのだった。
 何作か途中で挫折した。紹介していない話もある。
 清朝の宮廷ものは、それがはっきりしているので、おもしろかったのだ。
posted by たくせん(謫仙) at 05:50| Comment(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月05日

明蘭〜才媛の春〜 (知否?知否?應是緑肥紅痩)

明蘭
  mei.jpg

 内容は、
 盛家の娘・明蘭は母親の身分が低かったことから、父親から愛情を得られず、盛家の正妻や姉妹たちにも虐げられて育った。
 亡き母の教えを守り、自分の才気を隠して耐え忍び成長した明蘭は、やがて子供の頃に知り合った寧遠候府の御曹司・顧廷Yに見初められて顧家の女主人になり、夫を支え優れた才知を発揮していく。

 宋の仁宗(じんそう)から英宗の時代の物語。
 原題は 知否?知否?應是緑肥紅痩 というのだが、そういう小説があるという。上の説明はその小説の説明らしく、ドラマでは「亡き母の教え」ははっきりしない。

 さて、わたしが原題を一目みて驚いたのは、應是緑肥紅痩は李清照の詞「如夢令」であることだ。だが、内容は李清照の話ではなかった。
参考 李清照

    如夢令   李清照
  昨夜雨疎風驟  昨夜、雨は疎にして風驟く
  濃睡不消残酒  濃い睡りにも残酒は消えず
  試問捲簾人   簾を捲く人に問うてみれば
  却道海棠依舊  却って海棠は舊(きゅう)に依ると道(い)う
  知否      知るや否や
  知否      知るや否や
  應是緑肥紅痩  應に是れ緑肥え紅痩せるべし

 エンデングの歌では、次のように訳している。

  深く睡れど残り酒は消えず
  海棠は咲いたままと言うけれど
  知るや知らずや
  花は散り、残るは茂る葉だけ


 昨晩の雨風で、詞人は庭の海棠の花を心配しているのに、下女は昨日と同じですよと答える。そんなはずはないのに。
 ここは、「花は散り、残るは茂る葉だけ」ではなく、「花は少なくなり、葉がめだつ」と言う意味だろう。

 このドラマは好評のようだ。最近は大勢の美人女優による後宮ものばかり見ていて、いささか飽きてきたが、これもその流れかな。
 周迅が主役の如懿伝でも、李清照の「酔花陰」が出てきた。こう見ると、李清照は現在でも知られた詞人らしい。この主人公は如夢令を思わせるような人生を歩むのだろうか。
 中国では一般に女性を教育することは少ない。その中で李清照は子供のときから文藝に親しんだ。両親もそのように教育した。

 この物語の盛家では娘たちにも教育を施している。他家の男子たちと一緒だ。その結果、明蘭は少女ながら盛一家の管理を任されることになる。
 明蘭は様々な技能を習得しているが、それを知っているのは祖母だけ。なぜ明蘭が盛一家の管理を任されることになったのか、祖母だけが知っている。一時、娘たちの教育係になった女性も明蘭の資質を見抜いていた。

後半は顧家に嫁いだ後の話。本題に入って(?)、おもしろくなってきた。
わたしは別なところに興味を持って見ている。
 宋代は官の給料がもっとも高かった時代。それが元で、国家の財政基盤が危うくなっている。
 夫の顧廷Yは、武官として現皇帝(英宗)を担いだ人物なので、重臣となった。それで広大な庭園付きの邸宅を賜る。周りの官もそれなりに富んでいる。
 夫の本家からは、様々な形で横槍が入る。夫の若いときの財産はほとんど本家や親戚に奪われてしまっていた。しかし、地方には夫の資産が取られず残っていた。
 これらの家産の管理にも盛明蘭は異彩を放つ。
 最後が納得出来るのも良い。

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
 概略だが、次のような時代である。
1022 仁宗(在位1022−1063)即位。
1044 西夏への歳費 絹13万匹・銀5万両・茶2万斤となる。平和も購ったことになるが、遼と西夏への歳費は財政を圧迫した。役人の多いことに加え、租税負担層が薄くなり、税収が減ったことも原因で、亡国の道を歩み始める。
1060 王安石「万言書」を奉る
1063 英宗(在位1063−1067)即位。
1067 神宗(在位1067−1085)即位。
1069 王安石、参知政事となる。

 最後まで見たが、王安石は出てこない(名前が出たかな)。員外も出てこない。
 この頃を扱った小説では員外という言葉が多く出てくる。金持ちの意味である。
 金持ちは官位を買った。しかし仕事はなく無給である。定員外の官なので員外という。
 なぜ官位を買うのかと言えば、官になると税を免除されるからである。これにより国家の収入は少なくなっている。これも国力を弱める原因であった。
posted by たくせん(謫仙) at 09:51| Comment(0) | 武侠世界 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年06月04日

玄鉄令

2009.4.1 記
2021.6.4一部訂正

 侠客行には玄鉄令という、持つ者の願いを叶えてくれるという不思議な物がある。

 玄鉄令は表に「玄鉄の令、求め有れば必ず応ず」裏に「摩天崖、謝煙客」と書かれている。謝煙客が恩義を受けた友人に三枚与え、「手ずから渡した者には、いかに困難な頼みにも、きっと応じよう」と約束したのだった。
        
        kyukakukou2.jpg

 初めにベン梁(開封)の近くの侯監集で「玄鉄令」の争奪戦がある。
 持っていた呉道通は玄鉄令の主を捜し出せず殺される。呉道通の目的は不明。
 金刀塞の大塞主安奉日が一団で呉道通を殺して玄鉄令を探すが見つからない。これも目的は不明。
 石清・閔柔夫婦も遅れて現場に到着し、金刀塞を追うが、玄鉄令が見つからなかったことを知り、再度現場に行く。玄鉄令を手にしようとするのは、(第三巻P175)殺されたと思われる次男石中堅を掠った者を捜してもらうため。自分たちで十余年探したが見つからなかったからだ。
 主人公の狗雑種(のらいぬ)は落ちていた焼餅を食べようとしたが、その中に玄鉄令が入っていた。ただし玄鉄令の意味を知らない。
 雪山派が来ていて、戻ってきた石清・閔柔夫婦と金刀塞共に玄鉄令を見つけ三者の争いになる。
 玄鉄令三枚のうち二枚はすでに済み、最後の一枚がこれだったのだ。
 そこへ謝煙客が登場した。
「……無恥の輩の手に落ちて、死んでみろの何なのと吹きかけられれば、誓言を守るため命まで断つ羽目になるやも知れぬ。ありがたや、さいわい難なく取り戻せたわい」
 だが狗雑種の願いを聞かなければならない羽目になる。しかし、狗雑種は願いを言わないため、摩天崖に連れて行く。
 摩天崖では、狗雑種は、「いなくなった母を捜しに出て、犬も戻ってこないので、探している」と言う。
 謝煙客は、(母親を捜せの犬を探せのと言われたら厄介だ。…そんな難題を吹っかけられるくらいなら…)。…は略した。
 こう読んでみると謝煙客は、武林の問題なら史上屈指の有能者だが、民間の問題なら人並みではないかと思える。おそらく、最初に三枚の玄鉄令を出したときは、民間の問題は考えていなかったのではないか。

 玄鉄令については、これ以上の言及は見つからない。
 
  参考 書庫−侠客行
posted by たくせん(謫仙) at 07:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 侠客行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする